住宅ローンの残高は過去最高なのに毎月の返済額が減っている。背景を探ると頭金ゼロで組めるなどローンが借りやすくなっていることがある。将来の金利上昇が懸念されるなか、変動型を選ぶ人やローン減税の恩恵を受けるためにあえて繰り上げ返済しない利用者も多い。個人にリスクが蓄積している面は否めない。
住宅ローンの注目度は高い。2022年末に日銀が金融政策を修正したことをきっかけに、ローン金利が上がるとみている人が増えているからだ。
住宅金融支援機構によると、個人の住宅ローン残高は22年3月末で211兆円と過去最高となった。足元でも過去最高を更新しているとみられる。不動産価格の上昇と住宅ローンが低金利で借りやすいことが相まって残高が増えた。
不動産経済研究所によると、2022年のマンションの平均価格は5121万円と前年から0.1%上昇した。首都圏の平均価格は6288万円にもなる。
借りる側の変化も大きい。働き方の多様化や晩婚化で頭金をためてローンを組み、定年までにコツコツ返すという常識は変わった。三井住友信託銀行の三井住友トラスト・資産のミライ研究所の調査によると頭金ゼロと頭金が1割くらいが合計で44%もいる。住宅購入者の多い30代に限ると頭金ゼロが39%、頭金1割が27%だった。
頭金は物件価格の2〜3割が目安とされる。同研究所は「住宅ローン減税のメリットを利用したい」「頭金をためていると完済時に高齢化」「物件価格の高止まりで待っていても安くなりそうにない」という事情があるとみている。
「業界最低水準の金利を実現しました。住宅ローンの残高をいっきに拡大していきたい」。SBI新生銀行の川島克哉社長は自信をのぞかせる。各銀行の住宅ローンの戦略を見ても「頭金ゼロ」「金利優遇キャンペーン」「保証料ゼロ」――と売り文句が並ぶ。
日銀の政策修正などで固定金利が上昇基調に入る一方で、変動金利の引き下げ競争は止まらない。変動の基準金利は例えばメガバンクはそろって2.475%だが、実際の適用金利は0.3〜0.4%台。変動金利と固定金利の金利差は開く一方で、メガバンクで新規に住宅ローンを借りる人の9割近くが変動型金利を選んでいる。
日銀の金融政策が修正される観測がくすぶる一方で、家計の毎月の返済額はむしろ減少傾向だ。毎年のローン残高の純増分と新規貸出額の差額を返済額と推計して計算すると、2000年代は20兆円を超えていたが、21年度は15兆円台まで減った。ここ数年は残高が増えているのに、返済額が減少する傾向が鮮明だ。

理由の一つは政策的な支援だ。利息より「住宅ローン減税」控除額が大きい「逆ざや」を期待する人が多い。減税は毎年末の住宅ローン残高が基準となるため、減税期間中は繰り上げ返済でローン残高を減らさない方が得になる。
「逆ざや」問題は会計検査院が指摘した。本来はローンを組む必要がない人が組んだり、繰り上げ返済をしなくなったりする動機になると問題視した。
これを受け、政府・与党は22年に税制改正を行い控除率の水準は0.7%に下がった。繰り上げ返済を促すため残高上限も引き下げた。消費税率の引き上げに伴って拡充していた一般住宅は23年までの入居で4000万円から3000万円にした。
それでも逆ざやは解消されているわけではない。銀行間の競争が激しくなった結果、MFSの調べによると変動金利の平均は0.4%台で0.7%よりも下にある。
大和総研の藤原翼研究員は返済が進まない理由について「若年層でも低金利で長期間のローンを組めるようになり、負債額が大きくても月々の返済負担を抑えることができているのではないか」と指摘する。総務省・内閣府によると、年収に対する家計の負債残高の倍率は、39歳以下でこの20年で2倍から3.5倍程度にまで膨らんだ。
リスクは一部で顕在化している。金融庁によると、新型コロナ禍で金融機関に住宅ローンの返済計画について条件変更を申し出た件数は累計で10万件を超え、増加傾向にある。条件を変更すれば毎月の返済額は軽くなるが、後々の返済の負担は重くなってしまう。
長期の返済を前提にした住宅ローンは、一般の会社員が高額な住宅を取得できるようにした金融商品だ。銀行はローンの商品性を改善している。住宅ローンが組みやすくなった結果として、借りすぎの人が増えているとすれば本末転倒だ。
〈Review 記者から〉 金利上昇の備え薄く
住宅ローンは返済期間中に顧客と長い付き合いができるため銀行にもメリットがある。低金利で収益性は低いが、ネット銀行などが主導して顧客獲得のための激しい金利競争が繰り広げられているのが現状だ。
日本の住宅ローンの延滞率は世界と比較しても低く、貸出残高の拡大は決して差し迫ったリスクというわけではない。それでも将来の金利負担の増加ペースが不透明な中で住宅ローン減税などを理由に返済が進まないのはいびつな構造という見方はできるだろう。

若年層の家計の負債拡大で、資産形成とのバランスを不安視する声も聞かれる。少額投資非課税制度(NISA)を拡充してもローンの返済負担に早くから追われる家庭が多ければ、住宅以外の金融資産への投資には消極的になると考えられるからだ。
金利負担が小さくても住宅の購入は大きな買い物に違いはない。住宅金融支援機構が3月に公表したアンケート調査では、将来の金利上昇に伴う返済額増加について聞いたところ、対応策について「十分に理解」と「ほぼ理解」と答えた人は半分以下にとどまった。
審査で重視していた勤続年数は転職の増加で形式的な判断をしないなど、商品性は改善している。ネット完結の住宅ローンも増えて「借りやすい」環境は整っている。対人サービスも活用しつつ疑問点を解消しながら家計への影響を慎重に見極めるリテラシーが問われている。
(五艘志織)
繰り上げ返済
毎月の返済額を変えずに借入期間を短くする「期間短縮型」と、期間を変えずに月々の金額を減らす「返済額軽減型」の2種類がある。基本的にはいつでもできるが、1回の最低返済額(1円〜100万円)と手数料(無料〜数万円)は金融機関やローンの種類によって異なる。
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