伝統的に欧米との結びつきが深い金融都市の香港が中東に目を向け始めた。香港の李家超(ジョン・リー)行政長官は2月、経済人ら約30人を伴ってサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)を訪問した。陳茂波(ポール・チャン)財政官も2022年10月にサウジを訪れている。
「今回は友情の旅であり、香港の優位性をアピールする旅であり、ビジネスチャンスを探る旅だった」。李氏は中東訪問をこう総括した。サウジとの投資協定の交渉開始など15の成果があったという。
目を引くのが香港取引所とサウジアラビア証券取引所を運営するサウジ・タダウル・グループとの合意だ。フィンテックやESG(環境・社会・企業統治)に加え、相互上場の協力を探る覚書を交わした。
香港側の狙いはずばり国営石油会社サウジアラムコの誘致だ。李氏自らアラムコのアミン・ナセル社長兼最高経営責任者(CEO)と会い、香港への上場を働きかけた。
底流には中国と中東の急接近がある。中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は22年12月、約7年ぶりにサウジを訪問。今年3月にはサウジとイランの電撃的な外交関係の正常化を仲介した。
中国はインフラ整備やエネルギー取引で中東との関係を深めつつ、潤沢なオイルマネーを国内に引き込む戦略を描く。金融面で中国と中東を結ぶのが香港だ。英スタンダードチャータード銀行の劉健恒シニアエコノミストは「中東の豊富な資源や資金、投資需要を考えれば、香港が関係を深めるのは賢い選択だ」と話す。
人権問題をめぐって西側諸国との関係がギクシャクするサウジにとって、習氏に権力を集中させる中国は近づきやすい相手だ。香港政府高官によると、中東では欧米が批判する香港国家安全維持法(国安法)への関心は低い。バンク・オブ・アメリカは「中東の投資家は細かな政治や短期的な政策にはあまり関心がなく、長期的な見通しを重視する」と指摘する。
香港は長年、中国と西側諸国を結びつける役割を果たしてきた。ただ、米中対立や国安法をきっかけに「アジアの金融都市」から「中国の金融都市」へと性格を変えた。
米中双方とつながりを持つ不動産大手、恒隆地産の陳啓宗会長は「かつて香港は東側でも西側でもなく、必要に応じて東にも西にもなれたが、中国と同じように扱われるという現実を直視する必要がある」と話す。
「グローバル化が逆回転するのなら、香港は役割を修正しなければいけない」。香港の中東への接近はグローバル化の変容と新たな世界の分断の始まりを告げている。
[日経ヴェリタス2023年3月19日号]
コメントをお書きください