大地震の際に建物を大きく揺らす長周期地震動で影響を受けるタワーマンションを巡り、耐震診断や改修を促す国の補助制度が利用されていない。国は南海トラフ巨大地震の対策地域で設計基準を2017年4月から強化したが、「旧基準」のタワマンは大阪市や神戸市などに約150棟ある。専門家は「被害を抑えるための対策につながる」と耐震診断の必要性を指摘する。
関西中心に150棟
12年前の東日本大震災で長周期地震動は震源から770キロ離れた大阪府咲洲(さきしま)庁舎(大阪市)を約10分間揺らし、最上階付近の揺れ幅は約2.7メートルに達した。極めて大きな揺れになると立っていられず間仕切り壁などに亀裂が発生し、重要な構造物が損傷する恐れもある。
南海トラフ巨大地震に備え、内閣府は15年に長周期地震動による揺れの大きさを初めて示した。国土交通省は16年、関東、静岡、中京、大阪の4地域11都府県を対策地域とし、新築する超高層建物の設計基準を17年4月から強化した。
それ以前の旧基準の建物は、立地エリアの揺れが設計時の計算を上回る可能性を「非常に高い」「高い」「ある」の3区分で示し、その地図をホームページで公表した。
補助の申請ゼロ
さらに耐震対策を促すため(1)詳細診断(2)改修に向けた設計(3)改修工事――の費用の一部を補助する制度の利用を呼びかけた。詳細診断の補助額は3分の1。しかしタワマンの申請は1件もない。
日本経済新聞が不動産情報サイト「マンションレビュー」を運営するワンノブアカインド(東京・港)の協力で調べた結果、4地域の20階建て以上のタワマンは22年末で1092棟ある。「非常に高い」「高い」地域に絞ると、大阪市と神戸市などに164棟あり、うち約150棟が旧基準で設計された可能性がある。関東は震源域からの距離や地盤の硬さなどから「ある」地域のみだ。
「非常に高い」地域に建つタワマンについて、工学院大の久田嘉章教授(地震工学)は「柱や梁(はり)などに深刻な被害が生じる可能性がある」とみる。名古屋大の福和伸夫名誉教授(同)も「設備が損傷し扉が開かなくなるなど、継続使用はできなくなる恐れがある」と指摘する。
旧基準でも物件ごとに地盤や設計が異なる。設計に余裕があれば大きな被害を免れる場合もある。不動産大手は「一律に耐震性に問題があるわけではない」とする。
対策が進まない理由は住民の合意形成の難しさにある。さくら事務所(東京・渋谷)のマンション管理コンサルタント土屋輝之氏は「投機目的の所有者も多い」と分析。補助制度の認知度も課題で大阪市のタワマン管理組合の防災委員は「制度を知らない」と明かす。
費用の大きさもある。東日本大震災後、大阪府咲洲庁舎には制振装置などに約40億円が投じられた。改修工事は最大数十億円の負担が避けられない。別の不動産大手は「改修にかかる費用と補助金に乖離(かいり)がある」と指摘する。
豊橋技術科学大の齊藤大樹教授(構造工学)は「どのような揺れが想定されるか把握できる」と詳細診断を受ける有益性を挙げる。住人の減災意識の向上につながり、家具の固定、食料や水などの備蓄、避難マニュアル策定などに生かせるためだ。診断費用は数百万円以上かかるとみられる。
内閣府は関東大震災の震源域となった相模トラフ沿いの巨大地震の長周期地震動の想定を進めている。想定次第では、大きな影響が出る恐れのある首都圏に建つ旧基準のタワマンも診断の必要性が高まることになる。
(矢野摂士、都市問題エディター 浅沼直樹)
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