フランスのマクロン政権が年金改革法案を巡り、窮地に立たされている。16日に受給開始年齢を64歳に引き上げる法案を強行採択したことで、パリでは約6000人がデモを行い、約200人が逮捕された。野党は猛反発し、内閣不信任決議案を提出する方針を決めた。欧州連合(EU)が求める財政規律の健全化を狙った強行策は、政権基盤をさらに弱めかねない。
「年金の未来を賭けの対象にするわけにはいかない」。ボルヌ首相は16日、年金改革法案について国民議会(下院)で否決のリスクがある投票を回避し、政府の責任において採択する憲法規定を適用すると表明した。ボルヌ氏は野党のやじが飛び交い騒然とする中で「この改革は必要だ」と声を張り上げた。
与党連合は22年の下院選で過半数を確保できず、マクロン政権は苦しい国会運営を強いられてきた。ボルヌ氏は昨年、法案の強行採択を10回も繰り返した。今回は野党の協力を得て下院で法案を可決させる予定だった。結局、可決の見通しが立たず、政権基盤の弱さを改めて浮き彫りにした。
強行採択を受けて、国内では一斉に反発が起きた。仏メディアによると、パリのコンコルド広場に反対派約6000人が集結。治安維持部隊が出動し、放水や催涙ガスで抗議活動の参加者を退去させ、217人を逮捕した。デモは各地にも広がった。
マクロン氏は年金への拠出による財政負担を減らすことで「この国はより豊かになる」と訴えてきたが、有権者は懐疑的だ。調査会社エラブの世論調査ではマクロン氏の支持率は大統領に再選以降じりじりと下がり、3月は32%だった。
労働組合も態度をさらに硬化させる。民主労働総同盟(CFDT)のローラン・ベルジェ総書記は仏テレビTF1の取材に「強行採択による年金改革は許容できない」と述べた。既に大規模なストライキを実施しており、23日に再び行うと表明した。
野党も同様だ。極右政党・国民連合(RN)などは下院に内閣不信任決議案を提出する方針。不信任案が可決される可能性は低いが、野党は政権との対決色をさらに強める構えだ。
マクロン大統領は任期1期目にも年金改革を目指した。だが大規模ストで議論が進まないうちに新型コロナウイルスの感染が拡大し、見送られた。今回も反発を覚悟のうえで力ずくの採択に動いた背景にあるのが、重い財政負担だ。
2023年度の予算案では、フランスの財政赤字は国内総生産(GDP)の5%となる見込み。新型コロナの拡大を受け凍結されているものの、EUが加盟国に求めている3%以内に抑える財政ルールを超えている。低金利の時代が終わり、仏国債に対する投資家の評価を維持するにはフランスは財政運営の規律を取り戻す必要がある。
フランスの年金制度は、欧州の他の国と比べても公的な負担が重く、財政赤字の削減策の一つとして、年金改革は避けられなかった。ただ国民の反発は強く、歴代のフランス大統領にとって悩みの種だった。
そこでマクロン氏は年金改革を実現してみせることで、財政負担の軽減とともに、任期2期目の政治的レガシー(遺産)にしようと考えたようだ。
ただ、強行採択の禍根は今後の政権運営に影を差しかねない。マクロン氏は年金改革の次に、大統領任期の延長など幅広い制度改革の検討に乗り出すとみられていた。仏紙ルモンドは年金改革法案の投票回避で「(次々と法案を通すという)野心が打ち砕かれた」と評した。
ウクライナ支援などマクロン氏の活発な外交についても、仏国民はもろ手を挙げて支持しているわけではない。調査会社Ifopのアンケートでは「ウクライナへの武器供与」について賛同する人は5割にとどまった。インフレに苦しみ、年金の受給年齢引き上げに怒る有権者からは「外国の軍隊を支援する必要があるのか」(パリ在住の50代の女性)という声も聞かれる。
マクロン氏の「失点」は、RNのルペン氏を勢いづかせる。ルペン氏は22年の大統領選でばらまき色の強い家計支援策を掲げ、有権者の間で支持を拡大。決選投票の末、最終的にはマクロン氏が勝利した。
ルペン氏は27年に控える次期大統領選には「本当に特別の事態」でなければ出馬しないとしてきた。だが16日に「私が大統領になった暁には、この年金改革は見直す」とツイートし、再出馬を示唆した。
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