トヨタ自動車内で極秘チームが本格的に動き出したのは2022年中ごろだった。
主導するのは米テスラと電気自動車(EV)の共同開発プロジェクトを手がけた元副社長の寺師茂樹。狙うのは従来の車とは全く違うEVの開発だ。デンソーなどグループの精鋭も集めた。
車づくりをゼロから見直す。22年発売のEV「bZ4X」はガソリン車と共通の部品を使うなど、従来の車づくりから脱却できていなかった。モーターなどの部品を載せる基盤となる車台をゼロベースで創り上げる。
「できていないことが多い。テスラから学ぶことがいっぱいある」
技術系の幹部は言う。テスラと並ぶEV大手の中国の比亜迪(BYD)との合弁会社で経験を積んだ幹部が今春から開発現場を率いる。元幹部やグループ会社まで動員してEVに向き合い始めたトヨタ。総力戦でアクセルを踏み込む背景には並々ならぬ危機感がある。
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「EVだからというより、かっこいいから買おうかな」
テスラ日本法人が1日に名古屋に開いたショールーム。訪れた30代の夫婦は出産を機にテスラ車の購入を検討している。女性は「車に興味がない私でも、雰囲気がイケてると感じる」と熱を込める。トヨタ車に乗る60代男性は「話題のテスラだから来てみたら、運転席回りなどが斬新だ」と驚く。「トヨタがEVを出したら買うのだけどな」
トヨタのお膝元の消費者でさえEVに対する意識は変わり始めている。
EVの世界市場は22年に約800万台と前の年から7割増となった。年1000万台の車を販売するトヨタの22年のEV販売は約2万5千台にすぎない。初の量産型EVのbZ4Xも一時販売停止に追い込まれた。販売店首脳は「満を持して投入したEVがこれでは……」とこぼす。
「こんな発言はこれまでなかった」。あるアナリストはEVを念頭においた経理本部本部長の山本正裕の発言に驚きを隠さない。第3四半期の決算を発表した2月9日。山本は説明会に参加した投資家らに「中国で新エネルギー車の出遅れがある」と自ら認めた。
トヨタは30年のEV販売想定を3度発表した。17年に掲げた最初の目標は「100万台以上(燃料電池車を含む)」。21年には「200万台(同)」に変更し、現行計画では「EVのみで350万台」に引き上げた。部品会社首脳は「さすがに三度目の正直だろう」と苦笑するが、EVへの本気度を鮮明にする。
佐藤恒治が社長に昇格すると発表した1月26日。会長に就く社長の豊田章男は自ら「私は古い人間」と発言した。「EVだって、ハイブリッド車(HV)だって本気でやっています」。豊田はこう繰り返してきたが、「EVファースト」を掲げ、レクサスを35年までにすべてEVにする戦略を任せた佐藤らに、新しいトヨタを託す意図を明確に示した。
「EV先進市場」は群雄割拠の様相だ。米カリフォルニア州で22年に最も売れた乗用車はテスラの「モデル3」。前年トップのトヨタ「カムリ」を初めて追い抜いた。ただ、そのテスラを米ゼネラル・モーターズ(GM)や米フォード・モーターがEVで猛追する。
中国ではEVなどの新エネルギー車の販売台数が22年に688万台と前の年からほぼ倍増。うちBYDが186万台を占め、約3倍に伸びた。補助金もあってガソリン車やHVから新エネ車に乗り換える動きが活発だ。
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BYDは1月、日本に参入した。販売会社社長の東福寺厚樹は「(日本でも)いろいろなEVの選択肢を試す顧客が増えつつある」とみる。
今年3車種を発売し、25年までに全国100店の販売店網を築く。世界で勢いのあるBYDだが、東福寺はトヨタへの警戒を隠さない。「一度動けば全てひっくり返る。あまりなめないほうがいいと思っている」
テスラも高価格帯モデルを値下げしてテコ入れするなど順風満帆ではない。米アップルなどとの競争も視野に「クルマ屋がつくるEV」(佐藤)をトヨタがどうつくりこむか。今までの延長線上に答えはない。
(敬称略)
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世界の自動車産業のリーダーに上り詰めたトヨタ。100年に1度の難路に挑む姿を追う。
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