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JTCとは呼ばせない 日本型企業、組織改革にもがく

「思い切って育児休暇を取得してみませんか」。清水建設に勤める30代の男性社員は息子が生まれた直後に、所属長からこんな手紙を渡された。文末には井上和幸社長の直筆の署名。時代が昭和なら悪ふざけ、平成でも社交辞令にしか見えない「書類」だが、今は実態を伴っている。社長自らトップダウンで育休取得を推奨した結果、2022年度の男性社員の取得率は7割と20年度の2割弱から大幅に上昇した。

嫌悪される「年功序列」「人事ガチャ」

社歴の長い日本の大企業が「人」を取り巻く制度や社内風土の見直しを急いでいる。かつての工場の生産能力や営業の販売力が問われた時代なら、滅私奉公は企業の競争力となった。だが、人工知能(AI)など高度デジタル技術が浸透していく今、競争力の源泉は従業員が持つ知識や能力へ移っている。

企業が「人的資本」を意識し始める一方で、働き手は変化の遅さにいらだつ。ネットや就職・転職市場では古い体質を引きずる企業を「JTC」(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー)というスラングでさげすみ、若手人材を中心に忌避する動きが広がる。

やり玉に挙がる筆頭が年功序列だ。情報系大手企業に勤務する20代社員は「自分より仕事をしていない年配社員が高給をもらっているのが納得できない」と不満を漏らす。就職情報サイト運営の学情が24年3月卒業・修了予定の大学・大学院生を対象に実施した調査によると、年功序列・終身雇用型の給与体制を魅力的とする回答は26.0%。能力主義的な給与体制(55.8%)の半分以下だ。

社員の意向に配慮しない人事異動、いわゆる「人事ガチャ」も敬遠される。パーソル総合研究所が日本の大企業30社余りを対象に昨年実施した聞き取り調査では、一般社員の異動配置に「明確な方針がある」との回答は2割どまり。藤井薫・上席主任研究員は「人手が足りない部署の要員確保を優先する企業が多く、キャリア・能力開発の観点からの異動は少ない」と指摘する。別の調査では、希望条件と異なる異動が示された際に、拒否や転職を検討すると回答した社員は2割。転勤の場合は3割にのぼる。

手厚い社内教育を受けた優秀なエンジニアが米アマゾン・ドット・コムや米グーグルに転職していく――。NTTはここ数年、主要子会社を中心に人材流出に悩まされ、当事者の間では「GAFA予備校」との異名が付いた。挑戦の場を外に求める者を引き留める狙いもあり、今年4月、基準を満たせば入社年次や年齢に関係なく早期に昇格・昇給できるよう人事制度を刷新する。

投資家はJTCの動きを見極めようとしている。ニューバーガー・バーマンの窪田慶太・日本株式運用部長は「生まれ変わる兆しの見えないJTCは成長性に期待ができず投資できない」と警鐘を鳴らす一方、「変化の余地が大きく、取り組み次第で有望な銘柄も多い」と話す。

変革が進み社員の評価が高まると、企業の株価にもプラスに働く可能性がある。社員や出身者の評価を示すオープンワークの「総合スコア」。19〜22年の改善幅上位30社(従業員1000人以上の東証プライム上場企業が対象)のうち6割は、スコア集計期間の株価上昇率が日経平均(30%)を上回った。

その1社のTISでは、学習や兼業のために最大で通算2年間の休職や時短勤務を選べる「キャリア支援休職・時短」や、拠点から100キロメートルを超える場所でも勤務可能な「遠隔地テレワーク制度」など先進的な施策を積極的に取り入れる。社員の評価は上昇し、時価総額は集計期間で約2倍になった。

人心離反からの変革、継続は力

不祥事や労務トラブルなどで人心の離反が懸念され、変革を急いだ企業のその後も示唆に富む。

オリンパスはJTCな企業統治(コーポレート・ガバナンス)からの脱却で再生を果たした。2011年に経営陣による粉飾決算が明るみになった時の取締役会を見ると、社外取締役が15人中3人にとどまり、監視の目が働きにくい構造になっていた。構成比を変え、取締役会議長も社外が就任。米アクティビストのバリューアクトからも取締役を招くなど、株式市場の視点も取り入れた。足元では取締役12人のうち9人を社外が占める。利益率の高い内視鏡など医療分野に特化する構造改革の効果も大きく、23年3月期の連結純利益(国際会計基準)は前期比3倍強の3760億円と、2年連続で過去最高を見込む。足元の時価総額が約3兆円と、不正を受けて経営陣が総退陣した12年4月末の9倍に増えている。

長時間労働などが問題視された外食大手のワタミは、かつての姿からの変化幅の大きさが目立つ。経済産業省などは22年に同社を「健康経営優良法人」に認定。働き手の健康増進に積極的に取り組む企業を表彰する制度で、ストレスチェックや健康診断の実施度合いなど28項目のうち27項目をクリアした。労務環境の改善は数字にも表れている。拡大路線の修正や営業時間の見直しなどを進めた結果、16年に21.6%だった離職率は19年には8.9%に低下。コロナ禍の21年も11.4%と業界平均を大きく下回っている。もっとも、市場評価の回復は道半ばだ。08年に一時1000億円を超えていた時価総額は15年には約320億円まで低下。コロナ禍の影響で株価の上昇も足踏みし、足元の時価総額は400億円前後で推移する。

三菱電機の変革はまだ緒に就いたばかりだ。各地の工場で品質を巡る不正が相次ぎ、社長や会長が引責辞任する事態に発展。不祥事を生んだJTCの風土を変えようと、課長ら中堅層を中心に全国から有志の従業員が集い、21年にプロジェクトチーム「チーム創生」が発足した。従業員へのアンケートやヒアリングで全社の課題や真因を分析し、テーマに分類して解決策を検討。22年に「骨太の方針」をまとめ、コミュニケーションの活性化や業務負荷の軽減、意思決定の早期化といった6つの方向性を示した。若手・中堅を中心に現在も活動を続ける。

年功や滅私による序列を飛び越え、社員の挑戦を支え、働き方を選べるような企業へ。各企業の現在地は取り組みの内容とスピードに左右され、株式市場では変身を遂げたところから有望銘柄としての輝きを増していく。

蛭田和也、舟木彩賀、宮嶋梓帆、矢口竜太郎、山田彩未、松浦奈美、田村修吾、広井洋一郎、山田航平、松川文平、福島悠太、松浦龍夫、原欣宏、岩戸寿が担当した。グラフィックスは安藤智彰、田口寿一。

[日経ヴェリタス2023年3月12日号を再構成]