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東南アジアに遠隔医療の波 コロナ・インフラ未整備・医師不足が利用後押し

27歳のグラフィックデザイナー、アーマド・ファリザ氏が遠隔医療サービスのアロドクターに出会ったのは、2021年に新型コロナウイルス感染症がインドネシアを襲ったときだった。同社のアプリについて「便利だった。最近熱が出て、思い出して使ってみた。ネットで診察を受ければ、交通費やエネルギーの節約にもなる」と評価する。

人口2億7千万人超のインドネシアでは都市の無秩序な発展に加え、おびただしい数の島が医療への迅速かつ効率的なアクセスを阻んでいた。しかし企業が遠隔医療サービスを提供するようになって、課題の緩和に役立っている。アロドクターは8万人を超える医師と提携している。

東南アジアで、スマートフォンのアプリを使った診療の普及が進んでいる。6億人以上が住むこの地域で、医療に対する需要増と医師不足が利用に拍車をかけた。もともと配車サービス、食事の配達をはじめ、様々な取引がスマホアプリで行えるようになっていたが、コロナがその傾向をさらに加速した。成長市場を獲得しようと企業が競い合い、診療に加え薬の配送を行うところもある。

シンガポールを拠点とするドクター・エニウェアは22年末、3880万ドル(約50億円)を調達した。資金は10以上の医療施設を持つ医療グループ、アジアン・ヘルスケア・スペシャリスツ(AHS)の買収資金としても使われる予定だ。遠隔診療の後、治療や手術が必要な患者をAHSなどの提携する専門医療機関につなげる狙いがある。

「これは東南アジアの医療の未来をひらく、デジタル医療のエコシステム(生態系)をつくる目標の一環だ」とドクター・エニウェアの創設者兼最高経営責任者(CEO)のリム・ワイムン氏は語る。同社はシンガポール、インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピン、ベトナムに250万人のユーザーを持つ。

リム氏は予防医療の必要性を人々が意識するようになった点も普及の一因だと強調する。「食事、睡眠、運動などをスマホで記録することから定期健診や予防接種まで、健康を総合的に考える手助けができる」

東南アジアでインドネシアに次ぐ約1億1千万人の人口を擁するフィリピンでは、財閥大手アヤラグループが22年、医療企業3社のサービスを健康アプリに統合すると発表した。春ごろまでに公開する予定だ。

インドネシアで16年に創業した遠隔診療のハロドクには、国内に月2千万人超の利用者がいるという。CEO兼共同創設者のジョナサン・スダルタ氏によれば、今後はタイ、ベトナム、マレーシアを加えてこれを1億人に増やす計画だ。同社の医薬品配送事業は、22年末時点で国内400都市に処方薬を配送しており、そのうち120都市の患者は注文後15分以内に薬を受け取れるという。

インドネシアは世界で人口4位の国だが、世界保健機関(WHO)によれば、21年時点で人口1万人当たりの医師数が6.95人と、20年におけるタイの9.28人、19年時点のミャンマーの7.51人をも下回る。20年時点の人口1万人当たりの医師数が多いのは米国の35.55人で、日本は26.14人、中国は23.87人だ。

WHOの世界医療費データベースによれば、インドネシアの医療費は20年に360億ドルに達しており、10年から71%増えた。タイでは同期間にほぼ倍増の220億ドルとなった。他の東南アジア諸国の医療費も急増している。

もちろんニーズは国によって異なる。インドネシアに本拠を置く新興企業クリニック・ピンターはネットとリアルの混合方式をとっている。遠隔診療も行っているが、CEOのハルヤ・ビモ氏は、実際の診療所の存在が引き続き重要だと強調する。

同氏は、現状では大都市のほうがネット経由の遠隔診療を好み、地方に住む患者はあまり利用しない、と説明した。ブルーカラー労働者の多くがデジタルサービスに慣れていないためで、ハイブリッド方式で間を埋めたいとしている。

また、デジタル医療サービスにはデータ面の問題がある、と会計コンサルティング大手アーンスト・アンド・ヤング(EY)のアセアン生命科学・医療リーダーであるアブハイ・バンギ氏は指摘する。「個人の健康データの所有、共有、利用に伴う技術的、規制上、文化的な課題に関する様々なリスクに対処していく必要がある」

最近では企業間の協業も増えつつあり、データ共有に伴うプライバシーやデータセキュリティー面のリスクが高まっているという。バンギ氏は企業側が、データを管理、保護し、データ保護法を順守するために必要となるインフラや技術に投資していかなければならないと主張する。

それでも同氏は、遠隔医療の需要は引き続き強いだろうとみる。移動の問題で医師と面談できない人、そもそも遠隔地や医療施設が少ない地域に住む人、特定の問題がある人などが対象だ。「遠隔医療はそうした人たちの診療、治療をしやすくする」

(ジャカルタ=柴田奈々、イスミ・ダマヤンティ)