ここ数カ月間、米国の不動産会社は非常に多くの問題を抱えている。金利の急上昇で住宅市場は事実上、機能停止に陥った。米不動産サービス会社クッシュマン・アンド・ウェイクフィールドでは、働き方の変化によりオフィスの空室率が2030年までに新型コロナウイルスの感染拡大前のピークを55%上回る水準に達するとみる。不動産が座礁資産(経済価値を生まない資産)となりかねない現実が忍び寄っている。
ところが業界内の会話に耳を傾けると、もっと大きな議論を巻き起こしている話題に気が付く。22年11月に公開された生成人工知能(AI)搭載の自動対話システム「ChatGPT(チャットGPT)」だ。開発した米オープンAIには米マイクロソフトが出資している。
このツールの爆発的な普及により、AIが教育、科学、メディアなどの領域へどんな影響を及ぼすかについては議論がかまびすしい。しかし不動産業界への影響に対しては投資家はさほど関心を持っていない。
それは間違いだ。この業界ではすでに試験的に様々な業務でAIが使われている。仲介企業はチャットGPTで物件情報の作成やソーシャルメディアへの投稿、住宅ローン返済額の計算、不動産データベースの調査、農業など新分野の専門知識の収集などをしている。

こうした利用が進むにつれ、大きな疑問が湧いてくる。AIを駆使する不動産会社は、この先も今と同じ数の従業員や同水準の仲介手数料が必要なのか。
あるいは別の言い方をすると、不動産会社のレントシーキング(立場を利用して利益を得ること)はロボットの攻撃を受けようとしているのか。
これは賃貸契約件数をロボットと競うという文字通りの意味ではない。エコノミストが指摘するように、現在は力の強い企業が高い手数料を取ろうと市場を不透明あるいは複雑なものにしているが、そこへロボットが入ってくればどうなるかということだ。
企業自身は今の仕事がなくなるとは考えていない。クッシュマンもリポートで「(業界内の)一般的な感覚は、機械が専門家に取って代わるのではなく支援してくれるというものだ」と述べている。「一部の仕事は自動化されるだろうが、むしろ人間が本当にいい仕事をするための手助けになる」
おそらく不動産会社の仕事は残るだろう。所詮ロボットは人間と違い、建物の目に見えない価値を感じ取ることができない。買い手や売り手の表情やしぐさを読み取り、背中を押したり安心感を与えたりすることも無理だ。多くの不動産取引には極度の不安が付きものなので、これは重大な欠点となる。
しかもチャットGPTのようなわれわれを興奮させているAIツールは、人間が監視しなければ常にうまく機能するとは限らない。
AIがもたらすリスクに関しては、不動産分野のAI専門家であるサラ・ベル氏の最近の実験が参考になる。国籍に基づいて入居者の良しあしを評価するよう同氏がチャットGPTに頼んだところ、組み込まれているプログラミング言語「Python(パイソン)」がオーストラリア人に大きな偏見を持っていることが判明したという。
だが、それ以上に問題となったのはシステムがブラックボックスになっているため、なぜオーストラリア人を嫌うのかを正確に解明できなかったことだ。何も知らずにチャットGPTを導入すれば、不動産会社の社長は反差別法違反で「責任」を問われることになるだろうとベル氏はみる。
業界に本当に必要なのはコンピューターが人間の知的活動を行うという意味でのAIではない。略せば同じAIになるが、拡張知能という人間がより賢く考えるのを助けるツールだ。それには、もう一つのAIとも言うべき人類学的知能(anthropology intelligence)を取り入れ、業務に文化的視点を反映させていくしかない。
AIが不動産業界に及ぼす影響に話を戻そう。AIを理解するには人間の力が欠かせないとしても、この業界が今と同じ数の働き手が必要かどうかははっきりしない。何しろ過去10年、インターネットにより不動産ビジネスの透明性は格段に高まった。今や専門家でなくともネット上の不動産情報を利用して物件の評価や閲覧、住宅ローンの用意ができる。売り手と買い手を引き合わせることも可能だ。
それなのに米国では住宅用不動産の仲介・販売会社の数(最新では約56万2000社)は減っていない。むしろ右肩上がりのようで、今後10年間にさらに5%増加すると予想されている。商業用不動産では業界全体の雇用者数は約400万人で、やはり増えている。
デジタル技術で透明性が高まる新時代が到来したにもかかわらず、仲介手数料も依然、高水準だ。20年の住宅用不動産の販売手数料は平均5.66%だった。1992年の6.02%よりは低いが、2011~18年の水準を上回っている。
これは明らかに不条理で、エコノミストならレントシーキングの動きが広がっている明確な証しだと言いそうだ。
この状況は変わるだろうか。不動産会社は明らかにそうならないことを望んでいる。一方、起業家たちは特に市場にのしかかっている他の経済的圧力を踏まえ、ディスラプション(創造的破壊)を起こすチャンスを感じ取っている。
その一人であるクナル・ルナワット氏は「この業界は過去2年間、大半の企業が厳しい環境に直面してきた。そのためテクノロジーを駆使する起業家は、AIを使った不動産テック企業を立ち上げるのに有利な立場にある」と言い切る。
投資家やエコノミストは動向を注視したらいい。これは特に先端技術が入ることでレントシーキングの追求が難しくなるかが試されている事例といえる。
ロボットのおかげで業界が効率化し手数料が引き下げられれば、多くの不動産オーナーは大喜びするだろう。われわれにとっても喜ばしい。AIの力があろうとなかろうと、この業界は改革をもう先延ばしにできない時期にきているのだ。(3日付)
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