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三越伊勢丹、富裕層特化で迫る最高益 残る資本の非効率 松川文平

「外商」部門の強化など富裕層向けを重視する路線への切り替えが進み、市場では営業最高益の更新を1年前倒しで達成できるとの見方も出てきた。ただ、実力を測るものさしの「付加価値分析」ではなお再生の途上にある。一段の成長に向け、伝統的な高コスト体質の見直しや資本効率の低さなど課題が残っている。

市場予想の平均を示すQUICKコンセンサスでは、2024年3月期の三越伊勢丹の連結営業利益は352億円の見通し。三越伊勢丹自身は25年3月期に営業利益350億円と最高益(14年3月期の346億円)の更新を計画するが、市場は1年前倒しで達成すると想定する。

都心旗艦店を中心とした実店舗の好調ぶりが理由だ。伊勢丹新宿本店(東京・新宿)は23年3月期に売上高3000億円を超え過去最高の更新を見込む。岩田屋三越(福岡市)など都心以外の店舗の売り上げも伸び続けている。

新型コロナウイルス禍の中で、比較的若い世代の富裕層を外商の新規顧客として獲得したほか、チームでの外商対応を強化するなど切れ目のない接客で評価が高まった。高級ブランドの別注品など独自商品を展開することも富裕層などの取り込みにつながった。利益の拡大は「コロナ禍で宣伝方法などを見直し、改装投資などのコストを圧縮して損益分岐点が下がったのも大きい」(JPモルガン証券の村田大郎氏)ようだ。

もはやコロナ禍などどこ吹く風のようにも見えるが、利益以外の側面から見ると課題も浮かぶ。例えば、連結の営業損益に減価償却費、人件費、賃借料、金融費用を加えた「付加価値額」だ。企業の実力や将来の収益力を測る指標として利用される。

23年3月期の付加価値見込み額(一部日経推計を含む)は約1700億円。前期からは2割増えるものの、コロナ前の19年3月期と比べると15%減っている。同じ期間では営業利益は11%減にとどまっており、付加価値の戻りが鈍い。

コロナ前と今期の付加価値見込み額を見ると、高島屋は連結人件費の見込みを開示していないが、22年3〜8月期と18年3〜8月期を比べると付加価値は4%減まで回復している。J・フロントリテイリング(2月期)は15%減で三越伊勢丹と差はない。

三越伊勢丹で付加価値の回復が遅れている背景には、「守り」の投資戦略や財務戦略がある。付加価値分析は成長を測る指標として投資実績を重視する。三越伊勢丹の減価償却費は今期見込みで237億円でJフロント(483億円)の半分以下だ。過去相次いだ店舗の閉店対応に追われ新規投資に割く余力がなかった経緯もあるが、近年の投資への慎重姿勢を反映している。

財務面でも同様だ。財務レバレッジ(総資産÷自己資本)は三越伊勢丹が2.3倍と高島屋(2.9倍)やJフロント(3.2倍)に比べて低い。三越伊勢丹のDEレシオ(負債資本倍率)は0.3倍にとどまり、借入金の活用が進んでいない。三越日本橋本店(東京・中央)周辺では大規模な再開発が予定されており、今後は投資・財務両面で本気度が問われる。

付加価値の改善には収益体質の見直しも課題になる。売上高粗利益率は三越伊勢丹が26.3%と、高島屋(21.1%)やJフロント(17.7%)に大きな差をつける。利益率の高いアパレル商品など、他社にはない品ぞろえを強みとして過当競争を避けている。

一方で、三越伊勢丹の売上高販管費比率は高く、営業利益率になると他社との差はほぼなくなってしまう。細谷敏幸社長は「販管費は前年の2%減でとりあえず予算を組むという考え方が慣例になっていた」といい、機械的にコストを割り振ってきたことが高コスト体質を温存してきた側面がある。

数値ありきの販管費構造は、売り場に過剰に人を張り付けるなどの原因となってきた。業界内では「取引先との見本市に行くと三越伊勢丹は来ている人数が違う」という声もある。中長期的な収益に結びつかなければ、人件費が増えても本来の付加価値は高まらない。「買ってくれるお客様に報いる」(細谷社長)ために販管費の見直しを進めているが、なお道半ばだ。

22年には一度手放した高級スーパー「クイーンズ伊勢丹」を買い戻すなど、高級路線への選択と集中に迷いはない。三越伊勢丹株は15年の高値からはなお6割程度の水準にあり、富裕層特化で見え始めた成果を持続可能なものにできるかが高値追いの焦点になる。