投稿動画の再生回数を分析したところ、人気チャンネルでも特大ヒット作が生まれにくい現状が浮き彫りになった。動画広告の市場規模は成長が続くものの、ユーチューバー業界は「戦国時代」にさしかかっている。
ビッグデータ分析のユーザーローカルのデータをもとに登録者数の多い人気ユーチューバー30組を抽出し、2014年1月から2023年1月までに投稿した動画の累計再生回数を調べた。
再生回数は減少傾向だ。各チャンネルの2022年の平均再生回数を1として指数化し、全体の平均値の推移をみたところ、2017年8月の26.5をピークにじりじり低下し、2020年5月以降は10を下回る水準で推移する。
2017年は「せんももあいしーCh」で4人兄弟が奈良公園で鹿に餌をやる動画が累計約8億回再生されるなど、何気ない日常の動画がヒットした。ただ、ここ数年は過去ほどのヒットは少ない。幅広い層のファンを抱えるHIKAKIN(ヒカキン)さんもメインチャンネルの再生回数上位10本はすべて3年以上前の投稿だ。
再生回数の減少は収益に直結する。動画で収益を得る手段として一般的なのは再生回数に応じてYouTubeから受け取る「アドセンス」という広告収入で、再生1回あたり約0.05~0.7円とされる。企業とのタイアップや有料会員の募集などで収入を得る人もいるが一握りだ。
登録者数が多く人気のはずのチャンネルでも再生回数が伸び悩むのはなぜか。経営学者で「中川先生のやさしいビジネス研究」というチャンネルを運営する中川功一さんは「チャンネルの増加で視聴者が分散したうえ、TikTok(ティックトック)との時間の奪い合いが起きている」と分析する。
2020年以降、アイドルグループ「嵐」の二宮和也さんやフィギュアスケーターの羽生結弦さんら著名人の参入が相次いだ。音楽や将棋、スポーツなど専門分野を生かしてファンを獲得する人も増えている。
動画を早送りする「倍速消費」の時代で視聴者のニーズも変化する。総務省が13~69歳の500人を対象に2021年に実施した調査によると、YouTubeの利用率は88%と飽和感が出てきた。東京都の20代女性は「気がつけばTikTokを見ている時間が増え、YouTubeを見る機会が減った」と話す。
動画広告全体を見渡せば、市場規模はなお拡大している。サイバーエージェントが調査会社デジタルインファクトと共同でまとめた調査によると、国内の動画広告市場は2022年に5601億円と前年から3割増え、2025年にも1兆円を超える見込み。広告そのものが減っているわけではなく、ユーチューバーの増加による競争やほかの媒体との時間の奪い合いが激しくなっている。
変化の兆しはある。YouTubeの運営元は2月にこれまで対象外だった1分以内のショート動画への収益配分を本格的に始めるなど、TikTokへの対抗策を打ち出し始めた。2人組のユーチューバー「水溜りボンド」の投稿動画によると、ショート動画は収益面では「赤(字)」だが、「昔のYouTubeっぽい」「懐かしいし楽しんでやっている」という。
ユーチューバーは日本の小学生が就きたい職業上位にあがる。自分の好きなことをとことん楽しむ投稿者の姿は子どもたちの憧れだ。戦国時代ともいわれる過当競争をくぐりぬけ、人々を引きつけるコンテンツを生み出せるか。時代の変化に合わせた創意工夫がこれまで以上に求められる局面といえそうだ。
(伊地知将史)
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