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スタートアップ 脱・男性偏重へ 新規上場企業 女性社長わずか2%

起業家、支援者問わず男性が多数を占める中、女性起業家がジェンダーバイアス(性差に対する偏見)にさらされるケースが少なくない。資金調達でも困難に直面し、新規上場に至る女性はごく限られるのが現状だ。この状況がもたらす機会損失を避けるため、ベンチャーキャピタル(VC)などが対応に乗り出し始めている。

 

「社長が妊娠した責任をどう取るんですか?」

副業や転職人材の採用SNS(交流サイト)を運営するYOUTRUST(ユートラスト、東京・渋谷)代表の岩崎由夏さんは、第1子妊娠中に緊急入院した際、ツイッター上で匿名の質問を受けた。「ただ驚いた。女性起業家でなければ、子を授かったとして、こんなことは言われなかったのではないか」と話す。

「美人ママ社長」「(受賞対象に)女性だから選ばれたんだよ」――。こんなマイクロアグレッション(悪意のない小さな差別)を業界関係者などから向けられた、という女性起業家は少なくない。アレルギー管理サービスのCANEAT(キャンイート、東京・新宿)代表の田ヶ原絵里さんは、会社員時代と比べ「起業後に増えた」と感じている。ユートラストの岩崎さんも「起業してから急に『女性であること』を意識せざるをえないようになった」と言う。

このような小さな差別や偏見は、女性起業家の成長を妨げる要因のひとつだ。金融庁の政策オープンラボは2022年7月、スタートアップ業界のジェンダー課題をまとめた。報告書によると日本の起業家(個人事業主も含む)に占める女性比率は34.2%(17年時点)、うち会社化しているのは14.2%(21年時点)。さらに新規上場企業に占める女性社長となると、比率はわずか2%(21年時点)だ。

女性の起業家支援のプログラムや助成金も数多く出てきているはずなのに、なぜ上場に至らないのか――。その背景には、業界のジェンダーの偏りと、そこから生じる偏見があると報告書は指摘する。

「資金調達後に妊娠するなんてありえないよね」。ある女性起業家がキャピタリストにかけられた言葉だ。出産や育児を事業推進上のリスクと認識し、資金調達のうえでネガティブな材料とされるケースは少なくない。相談しようにもロールモデルも限られる。キャンイートの田ヶ原さんは、22年に第1子を出産する前「同じ状況の経験者を探すのに苦労した」と話す。

起業の支援者も男性に偏っている。22年に一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会が行った調査によると、投資担当者であるキャピタリストにおける女性比率は16%にとどまる。

事業に資金を投じ、育てるVC側のジェンダーの偏りにより「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」が生まれ、事業の評価が変わる傾向にあることも金融庁の報告書では指摘されている。

海外の調査では、スタートアップ企業の映像のみを見せ、男女それぞれの音声で内容を伝えた場合、男性の音声の方が投資先として選択される傾向が見られたという。男性ナレーションの方が「説得力がある」「事実に基づく」と判断される傾向もある。ユートラストの岩崎さんも有力なイベントに参加する際「30名近い審査員に一人も女性がいなかったために辞退した経験がある」と話す。

男性に偏ったコミュニティーに女性起業家が参加しづらいという、ネットワーキングの難しさもある。情報収集などリアルな交流が大きな役割を持つ世界で「男性のように、時間を問わず投資家などと1対1で腹を割って話し合うようなことは難しい」(キャンイートの田ヶ原さん)。

金融庁の報告書も、女性の少なさや低評価などの問題が「負の連鎖に陥っている」と指摘。その構造を温存してスタートアップ支援が拡大すると格差やゆがみが広がり、新たな事業機会の発掘や社会課題の解決に対する機会損失をもたらすと懸念を示す。

 

ESG(環境・社会・企業統治)を重視するVCとして21年にエムパワー・パートナーズを設立したキャシー・松井さんは「(サンプル数は限られるが)国内外で、女性創業者のいる企業が男性創業者のみの企業よりも少ない資金調達で高い業績を上げているエビデンスがある」と話す。 背景には女性創業だとより厳しい審査を経るため、調達額が保守的になりがちといった事情もあるが「多様な視点が加わることで見過ごされがちな商機を見逃さず、新しいアイデアを生み、イノベーションを促す。優秀な人材確保にもつながる。多様性は『あった方がいい』ものではなく、企業の成長に不可欠だ」と松井さんは指摘する。

関係者の問題意識の共有も始まった。独立系VCのANRIは20年、女性が代表を務める投資先企業の割合を社数ベースで従来の5%から2割以上にするという数値目標を設定し、22年に達成した。代表パートナーの佐俣アンリさんは「ファンドのビジョンに共感し『一緒に挑戦したい』と起業家から連絡をもらうことが増えた。今までにはなかった反応だ」と話す。

日本ベンチャーキャピタル協会も22年8月、多様性推進の取り組みを公表。まずイベントの登壇者における女性や外国人など少数派の割合を20%とする努力目標を設定した。3年前までは当たり前だった「全員が男性」という光景は見られなくなってきた。

専務理事の高野真さんは「会員の多様性への関心は高い。現実の女性比率の低さとのギャップをどう埋めていくかが問われる」と話す。今後は女性のキャピタリスト採用支援なども進める計画だ。