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楽天、巨額赤字でも自信 三木谷会長が明かすその理由 ITジャーナリスト 石川 温

2月28日、三木谷浩史会長兼社長はスペイン・バルセロナに姿を見せた。世界最大級の通信関連見本市「MWC」において日本のメディア関係者の囲み取材に応じた。

楽天グループは電子商取引(EC)や金融事業は好調なものの、楽天モバイルの設備投資がグループ全体の足を引っ張っている。既存の携帯電話3社が低価格なオンラインプランやサブブランドを投入しているため、新規契約者数も伸び悩んでいる。

赤字体質を抜け出せず世間からグループの今後も心配される中、当の三木谷会長は「どこ吹く風」といった感じだ。MWCでは楽天グループで仮想化ネットワークの外販を手がける楽天シンフォニーがイベントを披露した。

携帯サービスのノウハウや設備の外販で利益狙う

巨額赤字の根本的な理由について三木谷会長は「すべて前倒しでやったのが大きい」と話す。むしろ「過去3年間で7万の基地局(契約締結済みを含む)を建設したのは驚異的ではないか」と語る。本来なら8年間をかけて行う設備投資を前倒しして、わずか3年間で実施した影響が巨額赤字に結びついたとしている。

国内の通信事業が赤字に苦しむ中、三木谷会長が楽観的なのは楽天シンフォニーの成功を確信しているからだ。楽天モバイルは既存の携帯電話会社向けの専用設備などを採用せず、自社でネットワーク設備を開発した。汎用サーバーなどを用いて、ハードウエアではなくソフトウエアをベースに運用する「完全仮想化ネットワーク」を構築した。

このノウハウやソフトウエアなどを海外の携帯電話キャリアに売っていくのが楽天シンフォニーの事業となる。三木谷会長は「完全仮想化ネットワークが(通信事業の)未来であり、いまのところ楽天が世界で一番先を走っている」と胸を張る。「我々への関心が本当にすごいことになっている。大きな携帯電話キャリアからも一度試してみたいという話が来ているほどだ」

三木谷会長が通信事業の青写真として描いているのが、米アマゾン・ドット・コムのようなビジネスモデルだ。アマゾンは各国でEC事業を展開する一方で、サイト運営で培ったノウハウや設備をアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)というクラウドサービスとして世界に外販して大きな利益を上げている。

三木谷会長は楽天モバイルを国内で提供しつつ、そのノウハウや設備を楽天シンフォニーとして外販して利益を上げていくつもりだ。つまり楽天モバイルが赤字でも、楽天シンフォニーで大もうけできれば採算がとれるというわけだ。

「すでに4500億円の受注残高」

では、将来的に楽天シンフォニーはどれほどの稼ぎ頭になってくれるのか。率直に「毎年、楽天シンフォニーはいくら稼げるのか」を聞いてみた。

三木谷会長は「仮想化ネットワークの市場規模は15兆円や20兆円になる。利益率も高いビジネスになる」と語り、具体的な金額の明言は避けた。その一方で「1社、2社であれば問題ないが、50社に提供するとなると話は違ってくる。しっかりやらないといけない」と話す。ハードウエアについては基本的に米インテルや米シスコシステムズなどとパートナーシップを結んで調達する考えという。

一方で22年12月期の連結決算では、楽天シンフォニーが創業初となる640億円規模の売上高を達成したと明らかにした。今後、世界各国で楽天シンフォニーの完全仮想化ネットワークを採用するキャリアが増えれば、同社の売り上げも増えそうだ。三木谷会長は「すでに4500億円の受注残高がある。創業2年でそこまでの規模の会社というのもすごいのではないか」と自信を見せる。

MWCで講演した三木谷会長

仮想化ネットワークの普及は本来であれば、もう数年早く訪れるはずであった。しかし世界的に経済が不安定となり、多くのキャリアが高速通信規格「5G」への設備投資を控えるようになってしまった。楽天シンフォニーがもっと早く4500億円の売り上げを達成していれば、楽天グループ全体の赤字は減り、決算の見え方も変わったことだろう。

ただ、仮想化ネットワークの外販はNTTドコモも注力している。すでに英通信大手のボーダフォン・グループなど5社への導入支援が決まったと発表している。当然のことながら、楽天シンフォニーとは競合関係となる。三木谷会長は「お手並み拝見でいいんじゃないですか。もしかしたらうまくいくかもしれないですしね」と余裕の表情だ。

現在、日本政府は2030年ごろの次世代通信規格「6G」の開始に向けて、国内の通信関連企業の国際競争力強化を掲げている。NTTドコモと楽天シンフォニーがタッグを組めば強力だと思える。実際に三木谷会長は「そういうのもアリだとは思う」と話す。ただ楽天シンフォニーは日本企業ではあるものの、「(開発陣は)国際チームである点が大きく違うのではないか」と企業文化の違いを語る。

技術開発力や運用実績を武器に世界に売り込みをかけるNTTドコモに、楽天シンフォニーはどのように対抗していくのか。国内の通信事業である楽天モバイルを延命させるには、楽天シンフォニーの成功が絶対条件なのは間違いなさそうだ。

石川温(いしかわ・つつむ)
月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。ラジオNIKKEIで毎週木曜午後8時20分からの番組「スマホNo.1メディア」に出演(radiko、ポッドキャストでも配信)。NHKのEテレで「趣味どきっ! はじめてのスマホ バッチリ使いこなそう」に講師として出演。近著に「未来IT図解 これからの5Gビジネス」(エムディエヌコーポレーション)がある。ニコニコチャンネルにてメルマガ(https://ch.nicovideo.jp/226)も配信。ツイッターアカウントはhttps://twitter.com/iskw226