外資系ホテルに衣替えする。歴史遺産を保護したい習近平(シー・ジンピン)指導部の方針を受けて、大連では日本がつくった街並みの修復事業が相次ぐ。地域活性化や観光に活用する狙いだが、反日思想の批判を回避する慎重な運営も求められる。
「100年の歴史ある建築物が伝説を引き継ぎ、高級ホテルとしてお目見えする」。大連市政府は2月17日、大連賓館が10月に営業を再開すると発表し、こうコメントを出した。カナダの老舗ホテルチェーン、フェアモントホテルとして約70室の客室で構成。結婚式を開ける宴会場やレストラン、会議室も設ける。
同ホテルは市中心部の中山広場に立ち並ぶ10棟ある欧風の歴史建築物のうち、最も知名度が高い。日本統治時代の鉄道運営会社、南満州鉄道(満鉄)が運営していたホテルチェーンだ。清水組(現・清水建設)が1914年に竣工し、ルネサンス様式で重厚感のある美しい外観が特徴だ。
中国国務院(政府)が2001年に重要文化物の保護対象に指定した。修復のため17年11月にホテル営業を休止したが、計画が進まず、再開が遅れていた。ようやく工事に着手したのは22年9月だ。
外装や内装のほか、電気や空調、ガス・消防設備などをまとめて修復・改造する。総投資額は2億5000万元(約49億円)にのぼる。
「カンカンカン」。2月中旬に記者が訪れると、建物は柵に覆われ、工事の音が聞こえてきた。「1月の春節(旧正月)の連休中も休まず作業を続けた」と工事担当者。10月の営業再開に向けて工事が急ピッチで進む。
かつて清のラストエンペラー溥儀ら、著名人も訪問した。「レトロな雰囲気がとても良かった」と宿泊経験がある50代の日本人男性は語る。営業の再開後は歴史ファンたちの人気を集めそうだ。
大連では他にも2つの大型修復事業が進行中だ。大連駅の西側にある「東関街」は、1920~30年代に整備され、中国人が住んでいた街だ。約8万平方メートルの広大な土地に、赤いれんが造りなどが立ち並ぶ。
中国不動産大手の万科集団と市政府が組み、22年11月に修復工事に着手した。「窓や壁などを交換し、元の姿を復元する」(工事担当者)。関係者によると、第1期事業では24年5月に営業を始める予定。小売りや飲食店、芸術施設などの複合施設をめざす。
大連駅の南側にあり、1929年に完成した繁華街が「旧連鎖街」。飲食店や映画館、レコード店、書店、公衆浴場など約200店舗が集積し、かつて「東洋一の商店街」と呼ばれた。俳優の三船敏郎さんや歌手・桑田佳祐さんの父などが過ごした街だ。22年6月までに一部地区の修復が完了した。現在、入居するテナントを募集中だ。
歴史建築に詳しい大連の男性作家、●(のぎへん、つくりは尤の下に山)汝広さんの推計によると、大連にあるロシアや日本統治時代の建築物は1945年の終戦時点では5000~6000軒あったが、老朽化などで2010年には1200~1500軒に、23年は約800軒まで減った。
一方、習近平国家主席はかねて文化遺産を「より良く保護し、より良く継承し、より良く利用する」と発言。このため大連市政府も保護政策に力を入れており「17年以降はほとんど壊されていないと思う」と●氏は語る。
もっとも、中国人にとって日本による占領や統治は苦い歴史だ。地元不動産会社が大連で京都の街並みを再現した複合商業施設を21年8月に開業したが「大連は日本が占領した街。日本文化による新たな侵略だ」などとネットで批判を受けた。このため市政府は「日本建築」を宣伝せずに建築物の魅力を訴える姿勢が重要になりそうだ。
●氏は「日本が残した建築は大連の歴史の一部だ。日本の建築でも中国の建築でも特別に区別しない。文化的に高い価値があるものは保護する必要がある」と話す。
(大連=渡辺伸)
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