2月にはデジタル地図作製のダイナミックマップが本社を渋谷に移した。再開発と呼応するように、渋谷区は官民連携でスタートアップ支援の新会社を設立するなど新たな動きもでてきた。渋谷の街はこれからどう生まれ変わっていくのか。関係者に話を聞いた。
ダイナミックマッププラットフォーム 吉村修一社長

本社移転、人材採用にも利点
――渋谷に本社を移転した理由は何ですか。
「東京・渋谷は再開発が進み、街が日々進化している。駅構内を歩いていると迷ってしまうほどだが、逆に2016年設立のベンチャー企業である当社の現況に似ていると感じた。困難があっても毎日少しずつ成長していきたいとの思いもあり、渋谷に本社を移すことに決めた」
「当初は品川にオフィスを構え、その後日本橋に移転した。三井不動産がライフサイエンスや宇宙関連分野の新興企業を集めており、日本橋で出会った企業から刺激を受けた。ただ、年齢層が比較的高い当社としてはもう少しベンチャー気質を持つ必要性を感じ、事業成長を促す上で、若者や新興企業が集まる渋谷は適地とも考えた」
――今後取り組んでいきたいことはありますか。
「当社は高精度の3次元地図データを手掛け、自動車向けの仕事が多い。ドローンや完全自動運転タクシー(ロボタクシー)のほか、除雪作業の支援などインフラ管理に地図データを使うこともある。渋谷にはIT(情報技術)企業に加え、ゲームや広告関連企業も多く集まっている。将来的にメタバース上での事業展開を視野に入れており、渋谷の企業と連携していきたい」
「協業を実現するため、不動産大手などが設置したスタートアップ向けの拠点やコミュニティーに積極的に入っていく。様々なイベントにも参加することで知名度を高めたい。当社が行うソフトウエア開発を競うコンテスト『ハッカソン』も有効活用しながら、渋谷にオフィスを構える企業と幅広く手を組んでいければと考えている」
――渋谷にオフィスを持つ効果は色々ありそうですね。
「渋谷に移転するメリットは人材採用にも広がる。当社は自動車技術や測量のほか、今後はゲーム分野の技術者採用を計画しており、優秀な若者やエンジニアの獲得につながることを期待している。海外でも渋谷は人気の観光地として知られており、日本で働く外国人エンジニアらの採用にも力を入れていく」
――課題を挙げるとすれば何でしょうか。
「改善を期待したい一つはビジネスで使うことのできるホテルの充実だ。高級ホテルは増える見通しだが、当社は海外の子会社で働いている社員も多い。本社に来た際に比較的手ごろな価格のホテルがあるとうれしい。企業や行政が連携してベンチャー企業の支援を強化していくなか、一過性ではなく長く続くことを期待している」(聞き手は原欣宏)
渋谷区 長谷部健区長

国際的なスタートアップ輩出へ
――渋谷駅を中心に街が大きく変わろうとしています。
「渋谷は大都市をつなぐハブ拠点として戦後に人口が増えて発展してきた。街の歴史が浅い分、新しい人を受け入れる文化がある。2000年代以降はIT(情報技術)企業の集積も進む一方、ファッションは元気が無くなっている印象だ。個性的なお店が並ぶストリートカルチャーは残していきたい」
「渋谷経済圏の強化を目指し、22年11月に区のキャッシュレス決済アプリ『ハチペイ』を始めた。美容院や飲食店など2200以上ある加盟店を利用するとポイントがたまる仕組みだ。現在のユーザー数は約5万人。区民にとどまらず、渋谷周辺で働く人に使ってもらい、外食産業などの活性化につなげていく」
――国内外のスタートアップを育成する新会社をGMOインターネットグループなどと共同で設立しました。
「国際的に活躍するスタートアップを渋谷から輩出したい。これまでも起業家向けのメンター制度などを提供してきたが、投資家に出資を募るなどより本格的に支援を進めていく。海外投資家もアニメやゲームなど多様な文化が混在する渋谷に関心を寄せている。国内にとどまる気はさらさらない」
「最近は社会福祉サービスをテクノロジーで解決したいなど、様々な技術や発想を駆使して社会に貢献したいという人が増えている。環境や教育などで自治体の手が届かない部分をスタートアップが担うケースも増えてきた。15年に運用を始めたパートナーシップ制度など、新しい取り組みを進めて渋谷区をベンチマークにしていきたい」
――ホテルの供給不足など街づくりの課題は何ですか。
「ラブホテル建築規制条例の改正などで22年末の客室数は約7600室と、区長就任前の15年3月末比で3割弱増えた。デベロッパー各社が進める再開発計画でホテル開業も予定されており、インバウンド(訪日外国人)の回復が期待される中で宿泊機能は強化されていくとみる。駅周辺に住んでもらえるような街づくりも提案していく」
「ただ、街の滞在時間はまだまだ少ない。原宿で降りて渋谷や代官山を抜けるなど、回遊性が高まれば消費額も自然と増える。キラーコンテンツになるお土産がないので試行錯誤している。音楽やエンターテインメントを非代替性トークン(NFT)と掛け合わせた商品開発も検討している」
(聞き手は山口和輝)
東急 高橋俊之専務執行役員

歩いて楽しい街作る
――これまでも渋谷の開発に力を入れてきました。
「当社の街づくりにとって一番の重要拠点であり、最もポテンシャルの高いエリアであることは間違いない。いろいろな人が混ざり合い、カオスな雰囲気を醸し出しているのが渋谷の特徴だ。そうした良さを生かしながら渋谷駅を中心に『人だまり』をつくり、エンターテインメントシティーへと育てていく」
「駅の周辺以外にも様々な観光資源が点在している。例えば代々木公園を回って原宿に抜けたり、奥渋(オクシブ)エリアに足を伸ばしたりすれば、その途中に面白いお店や施設が見つかる。歴史的な名所や旧跡が多く存在するわけではないが、歩いて楽しい街づくりを目指している」
――東急らしい街づくりとは何でしょうか。
「すり鉢のような地形の渋谷は、あちこち移動するのが面倒だという側面もある。他の鉄道会社とも連携してエレベーターなど縦動線を増やしながら、水平に移動できる歩行者デッキも整備して回遊性を高める。これは鉄道会社だからこそできる開発のあり方だ。若者から高齢層まで街を訪れた人の目を引くような施設をつくり、長く滞在できる空間づくりを進めていく」
――三菱地所など不動産大手が相次ぎ再開発に参入しています。
「足を引っ張り合うのではなく、お互いの意見を擦り合わせながら渋谷全体の価値が高まるような開発を目指したい。三井不動産が商業施設のミヤシタパークを開業したことで神宮前方面に新しいにぎわいが生まれた。渋谷という舞台の上で、それぞれの役割を担いながら踊っているような状態になりつつある」
「東急は長いこと渋谷に入り込み、10〜20年かけて地元の人たちと対話しながら街づくりしてきた。ハロウィーン後のゴミ拾い、イベントや夜回り活動の手伝いなど一緒になって汗をかいてきた。きれいでかっこいい建物をつくるだけでなく、こうした地元の人たちの苦労を理解した上で開発を進める必要がある」
(聞き手は石崎開)
=おわり
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