はじめに「手付け」について触れておきましょう。手付金には目的に合わせて「解約手付け」「違約手付け」「証約手付け」の3種類があります。不動産売買取引における手付けは原則的に「解約手付け」とされています。解約手付けとは「一定の金額を払えば、売り主、買い主ともに契約を解除できる」というものです。買い主の側の事情で契約解除をした場合、民法の規定ではすでに支払った手付金は解約手付けとして没収されます。逆に売り主側の事情で契約解除がされた場合、買い主にはすでに支払った手付金の2倍の金額が返還されることになっており、通常、不動産売買契約書にもその旨が明記されています。
次に、ローン条項について説明します。不動産は一般に高額な買い物であるため、全額を手持ち資金で購入できる人はほとんどいません。多くの場合、買い主は住宅ローンを利用して購入しますが、住宅ローンには金融機関による買い主の返済能力についての審査があり、審査に通らない場合は融資が実行されないことになります。
融資不承認なら無条件で解除
この場合に買い主が手付金を没収されてしまうのは酷であるため、買い主が金融機関から融資を受けられない場合は契約を無条件で解除できるものとする旨を特約したのが、いわゆるローン条項と呼ばれるもので、ほとんどの不動産売買契約書にこのような条項が盛り込まれています。なお、ローン条項には、一定の期限内に融資の承認が得られなかった場合には自動的に売買契約が解除になるタイプと、解除権を行使するかどうかが買い主に委ねられているタイプがあります。
さて、相談者の場合、手付金として400万円を支払った後に、親からの援助が得られなくなり、住宅購入を諦めました。自ら売買契約を解除することはできますが、この場合に手付金は返還されないのが原則です。ただし、相談者が実際に金融機関にローンを申し込み、審査の結果、融資が受けられなかったのなら、ローン条項が適用され、売買契約が解除されても手付金全額の返還を受けることが可能です。相談者は「ローン条項を使って融資が受けられなかったことを理由」にするとのことですが、「理由にする」という意味が、何らかの方法で意図的に融資が受けられなかった理由を作出するということであれば、問題があります。
金融機関に対する住宅ローンの申し込みは買い主以外にできませんから、買い主があえてローンの申し込みを行わなければ住宅ローンが実行されることはありえません。また、申し込みはしたが、金融機関が審査のために要求する書類をことさらに提出しない場合にも住宅ローンが実行されることはありません。あるいは、金融機関に虚偽の書類を提出すれば審査結果は不可になるでしょう。
不誠実な行為あれば認められず
このように、買い主は意図的に住宅ローンが実行されない状況を作り出すことが可能です。そういう場合にまでローン条項の適用が認められてしまうと、買い主はなんらペナルティーなしでいつでも契約を解除できることになります。手付金の意味がなくなってしまい、売り主は一方的に不利な立場になります。そこで、ローン条項が売買契約書に規定されている場合、買い主は、売り主に対し、購入に必要な住宅ローンの申し込みを金融機関に行い、必要書類を提供するなどしてローンが実行されるために誠実に努力する義務を負うものと解されています。
最近のローン条項では「買い主が融資の申し込み手続きを行わず、または故意に融資の承認を妨げた場合は、この規定による解除はできません」との規定が加えられているものが多くなっています。規定がない場合でも、買い主があらかじめ予定されていたとおりにローンの申し込みやその後の手続きを誠実に行わず、融資承認を得られなかったときには、ローン条項は適用されず、契約は解除できないものと解されます。
同様の結論となる判例も多数出ています。相談者は資金繰りの努力をして住宅を購入するか、あるいは手付金を放棄して契約を解除するかのいずれかを選択せざるを得ないものと思われます。

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