スタートアップの集積や新型コロナウイルスの影響で落ち込んだ訪日外国人(インバウンド)の回復が新たな資金や開発計画を呼び込む。高層ビルが誕生し始めた2000年代から数え、「第3の波」と呼ばれる足元の再開発で渋谷はどうなるのか。現場を歩き、強みと課題を追う。
JR渋谷駅から道玄坂通りを少し上った雑居ビルが並ぶ一角で、2月から解体工事が始まった。三菱地所が手掛けるプロジェクトだ。オフィス棟と屋外プールやシアタールームなどを備えたホテル棟で構成し、延床面積は約8万7000平方メートルに上る。「丸の内の大家」と称される同社にとって、今回が渋谷地域で初めての再開発となる。
駅周辺での再開発はこれだけでない。東急とヒューリックは28年度、「渋谷ヒカリエ」とほぼ同じ高さの大型複合ビルなどを建てる。29年度には東京建物が駅東側に空港や地方都市をつなぐバスターミナルを設置したエリア最大級の再開発を手掛ける計画だ。
いち早く改善基調
「これまでは東急グループの1強だったが、近年は他の不動産大手も虎視眈々(たんたん)と開発機会を狙っている」。不動産関係者は渋谷再開発における最近の動きをこう指摘する。各社は若者に加え、青春時代を渋谷で過ごした40〜50代の大人層、海外からの観光客需要を見込む。
渋谷の再開発について、明治大学の市川宏雄名誉教授は3つの波があると指摘する。IT(情報技術)企業の集積で高層オフィスビルが誕生した00年代が第1の波、東急グループが中心となって「渋谷ヒカリエ」などを建てた10年代が第2の波だ。競合企業も巻き込んだ20年代の動きについては「広い意味で『第3の波』と呼べる」と話す。
東急グループの拠点である渋谷に、なぜ大手デベが相次ぎ参入するのか。その1つが今なお若者が生み出す街のにぎわいだ。「渋谷パルコ」や「109」を中心に最先端のトレンドを生む街として知られる。原宿や代官山など周辺エリアを回遊する学生も多い。初参入を決めた三菱地所の吉田淳一社長は渋谷の魅力について、「若者を集める吸引力がある」点を挙げる。
東京都によると、渋谷の訪日外国人は新型コロナの感染拡大前の19年に658万人と13年比で約2.3倍に増えた。近年は激減したが、政府の水際対策の緩和や国際線の本数が戻ってくれば中長期的に観光需要も取り込める。こんな将来像を描きつつ参入する事業者は多い。

有力なスタートアップが集まるオフィス市場も支えだ。不動産サービス大手のコリアーズ・インターナショナル・ジャパン(東京・千代田)によると、渋谷・原宿地区の平均空室率(フロア面積が990平方メートル以上)は22年末時点で1.2%。丸の内・大手町(4.1%)や西新宿(6.1%)より低い。IT企業のオフィス解約や縮小に伴い、空室率は21年6月に約7%まで上昇したが、他都市と比べいち早く改善基調に入った。
「街のブランド力を背景に人材採用の面でメリットが大きい」。スキル(技能)仲介サイトを運営するココナラの南章行会長は指摘する。渋谷ではサイバーエージェントなど00年代に大きく飛躍を遂げたテック企業が多い。ココナラはオフィス需要の逼迫で賃料が高騰した10年代後半に一度、渋谷を離れたが、20年に本社を再び渋谷に戻した。
雑多さと共存課題
コリアーズの川井康平リサーチディレクター&ヘッドは「新型コロナの影響で賃料が下がったのを好機とみて、コロナ前に渋谷周辺のビルに入居できなかったスタートアップが相次ぎ契約した」と話す。帝国データバンクによると、20〜22年に渋谷に移転した企業数は1289社と17〜19年比で2割増えた。動画投稿アプリ「TikTok」運営会社の日本法人も大型ビルに入った。ベンチャー向けのオフィス仲介サービスを手がけるIPPO(東京・渋谷)の大隅識文取締役は「短期貸しのシェアオフィスも増えており、今後も渋谷を選ぶ企業は増える」と予想する。
一方、渋谷への不安材料もある。1つはオフィス市場の動向だ。東急不動産は11月に完成する複合施設「渋谷サクラステージ」で外資系企業の入居を期待するが、足元で米IT大手は世界的な人員削減に動く。景気後退など先行き不透明感からオフィスの拡張計画を見直す可能性もある。
渋谷は雑多な街で自由に歩き回るのが特徴と言われてきた。駅直結で最先端の超高層ビルが建つと他都市から新しい顧客が集まる一方、渋谷駅の外を回遊する人の流れが弱まるとの声も聞かれる。
再開発と渋谷の強みや魅力は共存できるか。長期的な視点で大手デベロッパーの「競創」と渋谷ならではの「共創」という2つの力が試される。
(原欣宏、山口和輝、石崎開が担当します)
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