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タイパの次は「スペパ」、省空間でコスパと一石二鳥

一方、値上げラッシュ対策の買いだめは自宅スペースを圧迫。テレワークで在宅時間が伸びた消費者にとって、スペパの高さは価値だ。空間の使い方を見直すことで時間やお金の効率まで高まることもある。スペパ志向の消費を追った。

家具はキャンプ用品で

都内在住の会社員、岡真也さん(28)はキャンプ用品を家の中で使っている。20平方メートルのワンルームへ引っ越したのを機に、限られたスペースで快適な暮らしを追求してきた。以前は30平方メートルの部屋で暮らしていたが、「今のほうがすっきりしていて暮らしやすい」。

居室は整頓されていて狭さは感じにくい。家具らしいものは仕事用のデスクと椅子、ベッド、財布などの小物を置く収納棚のみ。映画をみてくつろぎたい時はサイドテーブルとアウトドアチェアを広げ、寒い時期に使う掛け布団は寝袋を広げて代用。いずれも使わないときは収納できるので場所をとらない。

家具代わりに購入したキャンプ用品は総額6万円程度。家具をそろえるよりも支出を抑えられ、休日は外に持ち出してアウトドアも楽しめる。いまの生活は「コスパもスペパもかなう一石二鳥の暮らし」(岡さん)だそうだ。

スペパ志向に目をつけ、アウトドアブランドは家の中で楽しめるキャンプ用品に注力している。「コールマン」ブランドのニューウェルブランズ・ジャパン(東京・港)は2023年から室内でも使いやすい色や保管場所に困らないコンパクトなキャンプ製品の拡充を始めた。代表製品は空気を入れるだけで使うことができる2人掛けソファ「エアカウチダブル」。家で使うことも想定し、体が沈み込みすぎない適度な反発性を持つ座り心地にした。使用時は横幅160センチメートルだが、空気を抜いてたたむとトートバッグサイズになる。

バイクも畳む

キャンプ用品に限らず、使わないときにコンパクトに畳めるという価値を打ち出した商品は注目を集める。電動バイクを製造するスタートアップ、ICOMA(東京・中野)が開発したのはその名も「タタメルバイク」。駐車場がない家やオフィスを想定し、小型の机の下にもすっぽり入るスーツケースほどの大きさにたためるようにした。

生駒崇光最高経営責任者(CEO)は「都会の住環境を考えると駐車場は値段が高く、バイクや車を持つコストメリットがない」と語る。

四角い形に収めたのもこだわりポイントだ。「たたんだときに空間効率がよく、余計な注目を浴びない」(生駒氏)。一般には早ければ今年前半にも小ロットで販売を始める予定だが、すでに購入希望者からの問い合わせが押し寄せる。

デッドスペースを活用できる商品も人気だ。埼玉県に住む男性は最近、家のリフォームで洗面所にある床下点検口に体組成計「NORNE(ノルネ)」を埋め込んだ。22年9月に住宅建材メーカーの城東テクノ(大阪市)がタニタ(東京・板橋)と共同開発した製品だ。

男性は「体組成計を出しっぱなしにすると邪魔だった」と導入の理由を語る。当初は必要性を疑問視していた家族も「掃除しやすくなった」と納得した。城東テクノマーケティング部の山田昭夫部長は「売れ行きは思った以上に好調」と語る。

トイレットペーパー、同じ大きさなら長尺タイプ

消費者がスペパを意識した結果、売れ行きが伸びた商品もある。トイレットペーパーの長尺タイプだ。

標準的な長さの商品とほぼ同じ大きさながら、2〜3個分の長さがあるのが魅力。調査会社のインテージによると、長尺トイレットペーパー(シングル1ロール60メートル、ダブル同30メートルを標準とし、標準よりも1.5倍以上長いもの)の金額シェアは1月、3年前から約12ポイント増の約30%に達した。

インテージの市場アナリスト、木地利光氏は「省スペースで備蓄できることが人気のひとつの要因」と話す。「メーカーや流通業者側にも配送や保管のコストを抑えられるメリットがあり、配荷が増えていることも長尺タイプの好調要因とみられる」

究極のスペパはメタバース?

スペパを突き詰めてたどり着く先はインターネット空間だ。メタバース上で現実と同じような体験ができれば、リアルで必要なものは少なくなる。一方で没入するには、リアルな場所も一定程度必要だ。

パナソニックホールディングス(HD)傘下のシフトール(東京・中央)はメタバースでのボイスチャットなどに使える防音マイク「mutalk(ミュートーク)」を開発した。岩佐琢磨最高経営責任者(CEO)は「家が狭かったり、壁が薄かったりすると話し声が筒抜けになるのが気になる」と開発の背景を語る。VRゴーグルと組み合わせれば自分の部屋や防音室がなくても、話し声を気にせずメタバース空間に没入できる。

「メタバースで無言勢といわれる人たちの中にはシャイな人だけでなく、実家に住んでいたり家が狭かったりと環境要因で声が出せない人も多かった」(岩佐CEO)。22年9月に第1弾の予約を始めると、受け付け開始からわずか2日で数千台が完売。第2弾の予約もすでにほぼ売り切れ状態という。

スティック型がキーワード

「高スペパ」のキーワードの1つがスティック型だ。

家電メーカーのカドー(東京・港)は22年10月、スティック型ドライヤー「バトン」を発売した。直径約4センチメートルの棒タイプとコンパクトながら、風量は毎分2立方メートル出る。価格は2万9920円と一般的なドライヤーより高めだが、開発に先駆けて実施したクラウドファンディングでは100万円の目標金額に対し、2000万円以上が集まった。

デザイナーを兼任するカドーの鈴木健副社長は「ドライヤーの形は1930〜40年代から変わっていない」と語る。手狭になりがちな洗面所でドライヤーは置き場所に困る人も多かった。棒状なら「形が不定形でないので邪魔にならない」(鈴木氏)。年内には壁に貼り付けることで洗面所のスペースをさらに浮かせる専用取り付け台も販売する計画だ。

化粧品でもスティック型が注目を集める。化粧品口コミサイト「アットコスメ」は人気商品をランキング化した「ベストコスメアワード」で22年から外出先でも使えるスティック状の美容液「スティックバーム部門」を新設した。ヘアスタイル材もバッグのちょっとした隙間に差し込めるペンシル型が増えた。

アットコスメを運営するアイスタイルの西原羽衣子リサーチプランナーは「バッグが小さくなっており、ファッションの影響もある」とみる。逆にパソコンや手指消毒液などコロナ禍で荷物が増えてしまった人にもかさばらない化粧品の需要は膨らんでいる。

スマホだけ入れる小型のバッグが流行したのもスペパ志向が進む一因(満田工業の「スマポッシェ」)

同社が22年11月に実施した調査によると、化粧品を選ぶ際の基準として「スペースを取らないものを選びたい」と答えた割合は51%で、「軽いものを選びたい」(47%)を上回った。外出時、化粧ポーチを持っていかないという人も増加。同社によると持ち歩かないことが増えたという人は約3割、ポーチを小さくしたという人は2割弱いた。原田彩子リサーチプランナーは「特に10〜20歳代の若年層はかさばるものを嫌う。空間把握が進み、バッグの外などに『ぶら下げる』などのワードも口コミで増えている」と語る。

ひとつの商品を2通り、3通りで使うことも高スペパには欠かせない。ハンドメード品の売買サイト「クリーマ」ではクリスマスリースと正月のしめ縄を兼ねた商品が人気だ。「年々人気が増し、今年は前年比60%増の販売数になった」(クリーマ)。ひな祭りやこどもの日の装飾も、壁に掛けられるタイプなどが売れ筋にあがるようになった。

日本の家、10年で1割狭く 買いだめもスペパ意識の背景に

日本の家はじわじわと狭くなっている。住宅金融支援機構がフラット35の利用者を対象に実施した調査によると、マンションの住宅面積(全国平均)は2021年度に64.7平方メートルと10年前に比べて約1割小さくなった。戸建てなどを含めた全体でみても約6%縮小している。
さらにスペースを圧迫するのが、新型コロナ禍や値上げラッシュで買いだめした消耗品だ。ティッシュペーパーやトイレットペーパー、食用油などかさばるものが多く、想定になかった圧迫要因になっている。
住宅メーカーは限られたスペースで収納を確保する提案に力を入れる。ミサワホームが力を入れるのは高さ1.4メートル以下の収納スペースを備えた「蔵のある家」の提案だ。建築基準法では高さ1.4メートル以下、設置階床面積の2分の1未満の収納空間は居室と見なされず、自治体によっては敷地に対する床面積に算入されない。限られた土地面積で有効活用面積を最大1.5倍に広げられるとあって、戸建て購入者の約4割が蔵のある家を選ぶという。
オープンハウスグループでは壁1面を収納にする「壁面収納」が好調だ。建設事業部の大塚剛課長は「コロナ禍で家にいる時間が伸び、家づくりを本格的に考える人が増えた。壁面収納の需要は体感ではコロナ前より2割ほど増えている」と話す。
ミサワホーム商品開発部の仁木政揮課長は「空間の使い方を考えることがタイパ向上にもつながる」と語る。時は金なり、そしてスペースも金なり。空間を軸とした消費は広がりをみせている。
(岸本まりみ、鍜治美佑)