「可能性は未知数ですが」と前置きしつつ、チャットGPTはテクノロジー進化の注目テーマとして「量子コンピューター、AI、ロボティクス、先端医療」を教えてくれた。近未来の投資地図を描くため、これら有望4分野を深掘りし、2030年の「テックの覇者」を探しにいこう。
【量子コンピューター】革新の切り札、Googleが本腰 日本勢
気候変動の深刻化やパンデミック(感染症の世界的大流行)の再来――。この先の世界には様々なリスクが待ち受けている。解決の切り札となる可能性を秘めた技術として期待されるのが次世代の高速計算機、量子コンピューターだ。まだ発展途上だが、2030年には飛躍的な進化を遂げている可能性がある。
「これまで解けなかった問題の解決に量子コンピューターが使われる未来に一歩近づく」。22年11月、433量子ビットの最先端のプロセッサーを公開した米IBMは宣言した。量子ビットは計算の基本素子で、性能を測る重要な指標だ。同社は着実な研究の進展を報告し、開発のフロントランナーとしての地位を印象づけた。
近年の量子コンピューター開発は米IT(情報技術)企業がけん引してきた。グーグルは19年、53個の量子ビットを用いて最先端のスーパーコンピューターで1万年かかる問題を約3分で解き「量子超越」と呼ばれるブレークスルーを達成した。量子コンピューターの「破壊力」を世界に知らしめた出来事でもある。
ただ、このときに解いたのは実験用の特殊な問題で、すぐに実用化できる力は備えていなかった。量子コンピューターは電気自動車(EV)用のバッテリーや人工光合成の技術の開発、創薬などを劇的に高速化する可能性をもつが、実現の壁はなお高い。IBMやグーグルも試行錯誤を続けている段階だ。
両社が開発する極低温に冷やした超電導の回路で計算する方式の量子コンピューターは、計算時にエラーが起きやすいのが難点だ。グーグルはエラーの克服に近づく最新の研究成果を22日付の英科学誌ネイチャーに発表した。科学技術振興機構の嶋田義皓氏は「一つの重要なステップを踏んだ」と指摘する。グーグルはこうした課題を乗り越え、29年に「完成形」を実現する目標を掲げる。

日本でも開発が本格化しつつある。理化学研究所が3月にも国産初の量子コンピューターを整備する見通しで、理研と連携する富士通も24年3月期に試作機をつくる計画だ。
日立製作所は超電導方式とは異なり、シリコンを利用する方式の開発に挑む。足元の開発の進捗は超電導方式より遅れるが、微細加工など既存の半導体技術を応用できる利点がある。大規模集積による将来の高性能化に優位とされ、日立は長期の視野で巻き返しを狙う。
ボストン・コンサルティング・グループは量子コンピューターが30年代に最大1700億ドル(約22兆円)、40年代に同8500億ドルの経済価値を生むと予測する。NECが最適な物流ルートの探索などに用途を絞った量子アニーリング型と呼ばれるタイプを開発するなど、各社の戦略は様々だ。誰が最終的な勝者となるかは予断を許さない。
【AI】対話する「相棒」、Microsoftはサービスに応用へ

AIでは、米新興のオープンAIが22年11月に質問に巧みに回答するチャットGPTを開発し、対話能力が飛躍的に向上した。言葉は人間のすべての活動の基盤となっており、仕事や家庭で広く採用されることが期待される。これらの高度なAIがサービスに応用されれば、2030年には人間と様々な話題を話せる「相棒」になりそうだ。
米グーグルはすでに高度な対話AIの技術を持ち、AIスピーカーも発売している。公開当初の対話AIは、人間が文章で入力した質問を文章で回答するサービスが想定されるが、これをAIスピーカーに応用すれば人間の多様な質問に回答したり、雑談したりすることが可能になる。AIスピーカーを家電と接続することで、家庭内の様々な操作も担えるようになる。
オープンAIに出資する米マイクロソフトはチャットGPTなどのAIをワードやパワーポイントなどクラウドサービスへの応用を進め、仕事の業務効率化を進める。現在はワードやパワーポイントを使う際は、人間が文書や資料をすべて作っているが、AIが文章を添削したり、グラフや画像を自動作成したりしてくれることが期待される。

日本ではZホールディングス傘下のLINEが日本語の高度AIを開発中だ。自然な対話や要約など言葉に関する様々な場面の文章を作成できる。対話アプリのチャットやメール、コールセンターなどでやりとりしたい文章などを自動で提案するのに使える。文章を「人間が1から書き出す」は過去の話となり、AIが提示した内容に基づき人間が修正するのが主流になるかもしれない。
AIの言語能力が高まる中、自動翻訳技術も一段と進化しそう。文章の翻訳では現在でも一般の人を大きく上回る精度を実現している。ただ、会話の通訳として使う場合はAIが訳し始めるのに10秒以上かかることもある。発言と通訳の間のタイムラグをできるだけ減らすことが自然な会話には重要になる。
ソースネクストは子会社を通じて、AI翻訳機「ポケトーク」で外国人との会話を支援している。現在は翻訳機のボタンを押している間に話し、話し終えてから訳し始める「逐次通訳」だが、今後は長文などを話す際にはAIが翻訳する区切りを自動で見つけ、話している途中でも訳し始める「同時通訳」を実現していく。
AIは自動運転車の高度化にも不可欠だ。他の車や歩行者の認知、右左折や停止といった判断には、AIの画像認識などの技術が応用されている。SOMPOホールディングスの持分法適用関連会社、ティアフォー(名古屋市)は自動運転の基本ソフト(OS)を公開しており、国内外の企業と改良や普及を進める。特定の条件であれば人が運転に介在せず、システムが運転を担う「レベル4」の実用化を目指している。
【ロボティクス】ヒトと「協働」、人手不足を解消

2030年には人間とロボットが「協働」する社会が現実のものとなりそうだ。大規模工場での作業に使われてきたロボットが、AIなどを搭載して一般社会にも活躍の舞台を広げている。背景には日本が直面する人手不足と高齢化がある。
「求人媒体に1年間も有料で募集をかけたが応募が1件もない」。チェンジ傘下のDFA Robotics(東京・渋谷)の営業担当者は、大分県のレストランの店長から相談を受けた。同社は中国Pudu Robotics製の猫型配膳ロボット「BellaBot(ベラボット)」などを活用した業務支援を手がける。店長が自ら配膳に奔走するほどで、まさに「猫の手も借りたい」状況だったという。
22年7月に1台導入すると早速効果を発揮し、店長にも新メニュー開発や従業員の業務管理に専念する余裕が生まれた。「ロボがいれば人も接客の本質であるコミュニケーションやおもてなしに専念できる」(DFA Roboticsの松林大悟副社長)。パーソル総合研究所(東京・港)が18年に実施した調査によると、30年に644万人の人手が不足する見通し。人材不足を解消するため、人とロボが一緒に働く風景は2030年には当たり前になりそうだ。

コネクテッドロボティクス(東京都小金井市)は、調理ロボやスーパー向け総菜の盛り付けロボを製造する。総菜は大量生産が難しく、過重労働や低賃金も課題だ。22年10月には厨房機器大手のホシザキとの資本業務提携も発表した。沢登哲也代表取締役は「ロボの導入で食産業はもっと生き生きと働ける場所になる」と語る。
食と並んでロボの導入が進むのが警備分野だ。人手不足で1人あたりの労働時間が増えれば、それだけ日常生活の安全も脅かされかねない。
セコムが21年に開発した警備ロボ「cocobo」は自動運転車と同等の能力を持つセンサーを搭載し、人が多い商業施設でも衝突を回避できるという。ロボが異常を感知すればすぐに警備員が駆けつける仕組みだ。22年6月には東京・池袋の大型複合施設「サンシャインシティ」に導入した。
三菱地所が出資するSEQSENSE(東京・千代田)の警備ロボは機体上部につけたセンサーを回転させる独自手法で周辺環境を認識する。感知能力を維持しつつ一般的なセンサーよりもコストを抑えられるという。
介護人材の不足も避けられない課題だ。筑波大発ベンチャーのサイバーダインは医療用装着型サイボーグ「HAL(ハル)」を開発した。HALを活用した「サイバニクス治療」を通じ予防と治療の両面に取り組む。
例えば「脚を動かしたい」という脳からの信号をHALが受け取って実際の動きをアシストし、さらに「動いた」という実感を脳にフィードバックする。これが繰り返され、歩行機能の改善・再生を促進できるという。腰への負荷を軽減する介護者用のスーツも開発している。
【先端医療】mRNA医薬品、新型コロナだけじゃない

製薬会社が2030年に向けて新技術を活用した創薬に挑んでいる。新型コロナウイルスのワクチンを巡って注目を浴びた「メッセンジャーRNA(mRNA)医薬品」や、「ペプチド医薬品」が有望視されており、第一三共などが研究開発に注力している。
「mRNA医薬品は次の成長ドライバーの候補と考えている」と、第一三共の奥沢宏幸・取締役最高財務責任者(CFO)は話す。同社は1月、国産初となるmRNAを使った新型コロナワクチンを厚生労働省に承認申請した。
mRNA医薬品とは、投与した患者の細胞に働きかけて、狙ったたんぱく質の断片を作らせることによって、病気の治療につなげる医薬品をいう。ワクチンでは、ウイルスの特徴となるたんぱく質の断片を作らせて、免疫を呼び起こす仕組みだ。米ファイザーや米モデルナなどが実用化しており、感染症のほかにも、がんや希少疾患の分野での応用が期待されている。

国内勢では第一三共のほか、武田薬品工業が遺伝性の神経疾患の治療を目指し、米アニマ・バイオテック社と共同研究している。アステラス製薬も、再生医療分野でmRNA技術の応用について独社と取り組んでいる。実用化されたmRNA医薬品はコロナワクチンが初めてだが、2030年には普及期を迎える可能性がある。
mRNA医薬品と並んで期待がかかる治療手段の1つが、ペプチド医薬品だ。体内の狙った場所だけに正確に作用する特性をもつほか、サイズも現在普及する「抗体医薬品」に比べて小さいため、細胞の内部にまで作用できるとされる。製造コストも安価とされ、製薬各社が挑んでいる。
国内で先行するのは中外製薬だ。21年にペプチドをつかった抗がん剤候補の「LUNA18(開発番号)」で、同社として初めて人への臨床試験(治験)に入った。この他に複数の候補品が控えており、治験薬の製造から初期の商用生産にまで対応できる体制を25年までに構築する。
ペプチド医薬品では、ペプチドリームも開発を進めている。米ブリストルマイヤーズスクイブなど、世界のメガファーマ約30社と提携し、治療薬のもとになるペプチドを選定する技術などを提供している。22年には富士フイルム富山化学(東京・中央)の放射性医薬品事業を買収しており、今後はペプチドと放射性医薬品を組み合わせた新薬の開発にも挑む戦略だ。
新薬の研究開発競争が激化するなか成功確率は2万3000分の1と、20年前の1万3000分の1から悪化しているとされる。AIなどデジタル技術を活用し、筋の良い候補に絞って開発するなど、効率性の向上も課題になる。
(吉田貴、AI量子エディター 生川暁、大越優樹、山田航平、満武里奈が担当した。グラフィックスは田口寿一)
[日経ヴェリタス2023年2月26日号巻頭特集より抜粋]
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