猫のキュルガと飼い主のリアルな日常が共感を呼び、単行本の累計発行部数は50万部を超えた。3月8日にはアニメのシーズン2の配信も始まる。ヒット作はどう生まれたのか。作者や書籍やアニメの担当者に取材し制作の裏側に迫った。

「不思議で、気まぐれで、何を考えているのかわからない」。猫の魅力について原作者のキュルZさんはこう語る。作品は猫のキュルガと飼い主のフータくん、妹のピーちゃんの一軒家でのリアルな同居生活を描く。2019年末ごろ、キュルZさんがツイッターに投稿していた短編が「バズった」ことでKADOKAWAで漫画編集を担当する斎数賢一郎さんの目に留まった。
絵は粗削りだったが猫の絶妙な表情や動きをとらえていた。キュルガは人間の言葉をしゃべったり「ニャー」と鳴いたりもしない。斎数さんはマンネリ感のあった猫漫画市場で新ジャンルを切り開けるとみて編集部内を説得し、単行本化を決めた。タイトルを決める際、作品に流れる雰囲気から夜がキーワードになると感じたという。

在宅時間増とマッチ
漫画編集者のあいだでは、作者のツイッターのフォロワーが10万人いればその作品は「売れる」という目安があるという。第1巻の発売は20年10月。まず20万人を目指していたがあっという間に超え、単行本も予想を上回るヒット作になった。斎数さんはほとんど自宅内での出来事を描いた作品の世界観がコロナ禍での過ごし方にマッチしたこともヒットの一因と分析する。
キュルZさんのフォロワーは80万人を超え単行本は4巻まで続いている。ツイッターには約20の国・地域からコメント欄に投稿があり「猫あるある」への共感は国や言語を超えて広がる。22年には「Nights with a Cat」のタイトルで英語版も出版した。斎数さんはコンテンツとしての猫が人気を集める背景について「犬は種類ごとにファンがいる。猫は猫という存在が共感を呼び、しかも世界共通」と分析する。
ショート動画流行と調和

反響は広がり、22年8月には東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)やYouTubeでアニメの放送を始めた。監督と脚本には芦名みのる氏を起用した。アニメの制作スタジオを運営しながら、獣医としても勤務する。アニメの制作チームの西宮万柚子さんは「リアルさを追求した最強の猫アニメを作る布陣をそろえた」と話す。キュルガの声優はオーディションを実施し、160人の中から喉を鳴らす音を最もリアルに表現した高垣彩陽さんを選んだ。
原作が1回3〜4ページと短いものが多く、アニメは1話約2分半しかない。ただ、その短さも「ショート動画」の流行とうまく調和した。目指したのは「疲れた日、寝る前に見て癒やされるアニメ」(西宮さん)。キュルガの独特の鳴き声などにASMR(快感音)の要素も取り入れ、音だけでも楽しめる世界観を目指している。
YouTubeでは10話をまとめて見られる「総集編」を用意したほか、映像を使った解説や「切り抜き動画」など二次創作もガイドラインを作って可能にした。チャンネル登録者数は3カ月で30万人増えたという。
単行本のファン層は30代以降の女性が多かったが、アニメを通じて男女半々になりつつある。今後は大きいサイズのパーカなど男性を意識した衣料品の展開も広げていくという。猫のおやつ「CIAOちゅ〜る」や洋菓子店「ダロワイヨ」とのコラボなど、キャラクターとしての人気も定着した。人気の背景については「キャラクターという存在を超えて実際に存在する猫として身近に感じてもらえた」とリアルさを追求してきたことへの手応えを明かす。
キャラクターとして愛されるだけでなく、飼育数も増加傾向にある。一般社団法人ペットフード協会によると、2019年に39万4000頭だった国内の新規飼育頭数は21年は48万9000頭に増え、22年も新たに43万2000頭が飼育される。
コロナ禍で関心を持った層が引き続きファンとして支えており、猫関連コンテンツはさらに盛り上がりそうだ。
猫に触りたいピークは昼、NTT系が分析

――どのような研究に取り組んでいますか。
「触覚が関わるコンテンツを生み出し普及させていくには、人がもつ潜在的な『触りたさ』の理解が必要です。日常生活の中で何を触りたいと感じているのか、これまで学術的に明らかにした調査や研究はありませんでした。ツイッターに投稿された100万件以上の日本語のつぶやきのビッグデータを解析し、何を触りたくてどんな感触を求めているのかを分析しました」
――新型コロナウイルスの影響はありますか。
「2020年4月の初の緊急事態宣言の頃のビッグデータから、ドアノブなどに触れたくないと感じる人が増えた一方、人や生物への欲求は高まっていました。身体的なコミュニケーションへの強い欲求『スキンハンガー』は20年12月ごろまで高いレベルを維持していたことが見て取れます。コロナ後の世界の特徴と言えると考えています」

「その後の研究で『触りたさ』には時間別の特徴があることがわかりました。上位20の対象を抽出すると、触りたいという投稿が増えるのは深夜にピークを迎えるのが全体的な特徴でした。一方、犬や猫など動物は昼にピークを迎えます。『もふもふ』という言葉も同じ特徴を示しています。年齢の偏りをなくすために20〜70代の男女600人にアンケート調査を実施してもほぼ同じ傾向をつかめました」
――猫をテーマにしたコンテンツが人気ですが、サービスや商品開発にどう生かせますか。
「触覚を介したコンテンツ開発に役立てることができます。たとえばメタバース上で猫が登場するボーナスタイムを設定する際、夜より昼間のほうが人の心に響くのではないでしょうか。昼間に触りたいと感じるなら、持ち運びができることも重要になります。実際に触れたときにイメージ通りの触感を再現できるかがポイントになります」
(宮嶋梓帆)
コメントをお書きください