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リアルよりすごい「遠隔接客」 無人でも住宅成約率2倍

日経クロストレンド

そのモデルハウスは一風変わっている。住宅メーカー各社の建物が居並ぶ総合展示場ではなく、住宅街の一角に溶け込むように存在する。しかも、ウェブ予約して現地に行き、送られてきたワンタイムパスワードを入力して鍵を開けると、そこに営業パーソンはいない。

出迎えてくれるのは、備え付けのテレビに映し出されたアバター(分身)姿のコンシェルジュだ。簡単な説明を受けた後は、営業の「圧」を感じることなく、自由気ままに建物の内覧ができる。

これは、北関東を地盤とするケイアイスター不動産のグループ会社であるCasa robotics(カーザロボティクス)が、5県(茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉)で計12カ所展開している無人モデルハウスの様子だ。同社がマーケティング活動を担当するのは、建物本体価格が約57.9平方メートルで649万円(税込み)からとリーズナブルな平屋建ての規格型注文住宅「IKI(イキ)」。シニア世代の建て替え需要やDINKS(子どものいない共働き夫婦)などのニーズを捉え、着工件数を伸ばしている。

千葉県柏市にあるIKIのモデルハウス「ひら家がミレルン!柏展示場」(写真提供:ケイアイスター不動産)

あえて無人化、顧客体験はどう変わる?

IKIの無人モデルハウスの展開が始まったのは、新型コロナウイルス禍の真っただ中の2020年8月。当初からタイムリープ(東京・千代田)の遠隔接客システム「RURA(ルーラ)」を採用している。「非接触ニーズの高まりを受けた試みと思われがちだが、無人であるが故の顧客体験の向上と事業メリットを両立する仕組みにできている。現在でもウェブ経由の申し込みでは無人内覧の希望率が6〜8割を占め、今後も続けていく」と、Casa robotics代表取締役の細谷竜一氏は話す。

実際、無人モデルハウスのストレスフリーな顧客体験が生む効果は絶大だ。

まず、営業パーソンが付きっきりで内覧する通常のスタイルでは、滞在時間が長くて40分程度。それに対し、無人内覧では1時間の枠を目いっぱい使う人がほとんどで、時間を超過する人もいるほどだ。そもそもIKIの顧客層の中には、他社で「あなた本当に買えるんですか?」などと言われ、内覧自体にネガティブな体験を持つ人もいるという。対面接客ではない気軽さが、足を運ぶ人を増やしている。

また、モデルハウスを一般の住宅街の中に置けるのも、無人内覧だからだ。「通常、モデルハウスに配置するスタッフは1拠点当たり2人必要だが、IKIの場合は基本的に12カ所をたった2人で担当している」(細谷氏)。無人ならスタッフの移動など地理的な制約がないため、モデルハウスを点在させられる。実際、IKIのモデルハウスはどれも住宅街の一角にあり、顧客は平屋がどんなたたずまいで、駐車場や庭の広さはどれくらい確保できるかなど、内覧時にトータルの住宅体験ができる。

そして、遠隔接客を担うアバター姿のコンシェルジュは、営業パーソンのように「成約」をKPI(重要業績評価指標)としていない。来場者が自由に建物を見た後で、壁紙や間取りなどをどう変えられるのか、その場合価格はどうなるのかといった「案内」や感想の確認にとどめ、販売はしない。そうして商品理解を深めてもらい、次回のアポイントを取るのがKPIの一つになっている。2回目で検討段階を確認し、具体的な商談に進みたい顧客だけを営業に引き継ぐ。

「内覧時に営業がいると、夫婦間でどこが気に入らない、どの程度なら妥協できるかといった話はしづらいもの。その点、無人内覧ならシビアな話も遠慮なくでき、その結果、検討スピードが速まる」と細谷氏。こうした過程を経ることで、初回来場時に対面接客を行う従来の方法に比べて、遠隔接客経由の成約率は実に2倍へ高まったという実績を持つ。

遠隔接客専用の「1坪ショップ」が街中にあふれる?

無人モデルハウスの取り組みで見たように、遠隔接客もまた、デジタルを活用した新しい顧客体験といえる。システムを提供するタイムリープの望月亮輔社長は、「人手不足に悩むリアル店舗の顧客体験を改善できる」と話す。

例えば、ホテルやインターネットカフェ、スポーツジムなどの受付で活用が広がる。これまでは省人化対策として、来店客が必要に応じてベルで呼び出す仕組みにしたり、タブレット端末を置いたりしてきた。しかし、セルフサービス化を進めたあるネットカフェでは、スタッフが応対していた頃より売り上げが下がったという。不明点をすぐ店員に聞けないストレスが顧客を遠ざけたのだ。

そこで遠隔接客システムRURAの出番が来る。店舗に受け付けスタッフはいないものの、無人の受付手続きで困っている様子の来店客がいると、店舗に設置したディスプレーにスタッフが顔出しで登場し声がけをする。その場でサポートすることで、結果、そのネットカフェの売り上げは回復しているという。

24時間営業の「ワールドプラスジム」でもRURAを活用(写真提供:タイムリープ)

ここで興味深いのは、遠隔接客において人が顔出しするのと、アバターを活用するのとでは顧客の反応が変わることだ。RURAの導入企業で効果を比較するABテストを実施すると、接客のポジティブ評価は人の顔出しが85%程度で、アバターが25%程度と大きく差が付いた。また、ネガティブ評価も顔出し15%程度、アバター50%程度。ここでも人に軍配が上がった。

その理由について、望月氏は「アバターだと人工知能(AI)なのか、裏側に人間がいるのか分かりにくく、人間のように目線も合わないのでコミュニケーションが発生しづらい面がある。また、年齢層によってはアバターは受け入れられづらい。特に受付業務などでRURAを活用する企業はほぼ100%、人が顔出しするスタイル」と話す。ただし、前述のCasa roboticsの無人モデルハウスのように、事前に遠隔接客を受ける心構えができている場合は、「アバターでも全く問題ない、むしろ効果的」(細谷氏)という。

ここまで説明してきたように、遠隔接客は現場の顧客体験を損なわず、かつ離れた場所から少ない人数で複数のリアル店舗を運営できることにメリットがある。この特性を生かそうとタイムリープが構想しているのが、遠隔接客専用の「1坪ショップ」の多店舗展開だ。

タイムリープは個室型ワークスペースの「CocoDesk(ココデスク)」を展開する富士フイルムビジネスイノベーションと遠隔接客サービスの実証実験を22年に行った。各ブースから希望のサービスを選択すると該当事業の担当者につながる仕組み(イメージ画像提供:タイムリープ)

イメージは、駅ナカで展開されている個室型ワークスペースや証明写真機のようなブースで、配置する場所を通る客層や時間帯に応じて複数の企業が"遠隔出店"できるようにする。ロケーション候補としては、「駅ナカや商業施設、大学、役所、コンビニ、ドラッグストアなどが考えられる。23年中に実証実験を始め、24年にまずは100拠点の展開を目指す」(望月氏)という。

「出店」といっても、ブースに入った顧客の呼び出しに応じてスタッフが遠隔接客する仕組みなので、参加企業は一度に複数の拠点へ出店できる。1社で実店舗を構えるより圧倒的に少ないコストで、想定顧客に合わせたリアルのタッチポイントを増やせるのがメリットとなる。例えば、保険や法律の相談サービス、占い、観光サービスなどの他、物販ならアパレルやコスメの診断サービスから電子商取引(EC)につなげることも可能だろう。

一方、顧客にとっては普段の生活動線上に新たな店舗が出現することになる。通常、相談サービスなどは予約が必要だが、この仕組みなら気が向いたときにブースへ入って希望のサービスを選択するだけだ。しかも出店企業は柔軟に入れ替え可能なので、偶然の出合い(セレンディピティー)も生まれやすい。今後、実店舗とECに続く「第3のチャネル」として、遠隔接客専用の1坪ショップは重要な顧客体験の場になるかもしれない。

(日経クロストレンド 勝俣哲生)

[日経クロストレンド 2023年2月14日の記事を再構成]