逆転のトライアングル
強烈な風刺と階級闘争 中条省平(映画評論家)
昨年のカンヌ国際映画祭におけるパルム・ドール(最高賞)の受賞作。監督はスウェーデンのリューベン・オストルンドで、「ザ・スクエア 思いやりの聖域」に続いて、2作品連続でのパルム・ドール獲得という偉業である。
主人公は、売れっ子ファッションモデルのヤヤと、その恋人で盛りを過ぎた男性モデルのカールというカップル。
人気インフルエンサーでもあるヤヤが超豪華客船でのクルーズ旅行に招待され、カールもお供をすることになる。
乗客は富裕層ばかりで、ロシアの新興財閥「オリガルヒ」の夫婦とか、血なまぐさい武器製造で大儲(もう)けした上品そうな英国人の夫妻など、一癖も二癖もある連中ばかり。
そのセレブをもてなす客室乗務員はすべて白人で、高額のチップを目当てに客のどんな理不尽な要求にも応える用意ができている。
だが、船の下層階で料理や掃除に精を出す裏方スタッフはみんな有色人種だ。
豪華客船は現代社会の階級制度の縮図なのである。
ある夜、アルコール依存の船長が主催する晩餐(ばんさん)会が開かれる。キャビアにウニにトリュフと、惜しげもなく高級食材を費やす美食の宴だが、折り悪(あ)しく客船は嵐に突入。船酔い客のてんやわんやの後、海賊が投げつけた手榴(しゅりゅう)弾で船は難破してしまう。
無人島に漂着したヤヤとカール、富豪たち、客船のスタッフの運命は……。
端正な画面、緻密な脚本と、強烈な風刺とブラックユーモアとが微妙なバランスで掛けあわされ、大いに笑いを誘う。
初めがカップルの不均衡をめぐる私的なドラマで、続いて豪華客船での社会的な風刺劇、最後が階級闘争の寓話(ぐうわ)と、徐々に射程を広げていく巧みな劇的構成が光る。
一番見応えがあるのは真ん中の部分で、奥行きの深い画面、船の揺れから嘔吐(おうと)合戦まで、細かい芸を積みかさねて、黒い哄笑(こうしょう)を爆発させるのはこの監督ならではの腕だ。
ただ、ラストの階級制度の逆転には既視感があり、もうひと捻(ひね)り欲しかったという気もする。
2時間27分。★★★★
アラビアンナイト 三千年の願い
弱者に寄り添う温かな目 春日太一(時代劇研究家)

「マッドマックス」シリーズのジョージ・ミラー監督による、「アラビアンナイト」を題材にした作品だ。
そう聞くと、さぞやド迫力のファンタジー・アクションに仕上がっているだろう――と考えたくなる。だが、その予想は完全に外れた。クレジットと事前情報を隠すと、これがジョージ・ミラー作品だと気づかない人もいるかもしれない。
神話研究者のアリシア(ティルダ・スウィントン)が講演のためにイスタンブールを訪ねるところから、物語は始まる。バザールで購入したガラス瓶をアリシアがホテルの部屋で開けると、中から魔人(イドリス・エルバ)が現れた。魔人は瓶から出してくれたお礼に、3つの願いを叶(かな)えるとアリシアに持ちかける。
そうくれば、ここからはめくるめくファンタジーが始まる――と思いきや、そうではない。作品前半は、等身大になった魔人が綴(つづ)る、遠く長い歳月の物語。
魔人はソロモン王の魔術により小さな壺(つぼ)に封印され、紅海に捨てられていた。封印を解いた者の願いを3つ叶えれば、魔人は自由の身になる。
だが、一度も上手(うま)くいかなかった。王子に恋する女性、発明に目覚めた女性、いずれも最後の願い事を言う前に、非業の最期を遂げてしまう。
繰り返される悲劇と、絶望を深める魔人の無間地獄のような日々。ファンタジックな映像に反し、その内容はどこまでも重い。
だが、後半にそれが一変する。魔人に自身の境遇を重ねたアリシアは、「ある願い」を持ちかけるのだ。
そして、2人はロンドンで共に暮らすように。そこには、孤独に生きてきた者同士だからこその、優しい空間が映し出されていた。
思い返してみると、ジョージ・ミラーはいつも弱き者に寄り添った映画を作ってきた。本作もそうだ。
魔人、彼が接してきた幾多の人々、そしてアリシア。誰もが苦しい中を生き、その誰に対しても、描かれる視線はどこまでも温かい。
間違いなく、「ジョージ・ミラーの映画」だ。
1時間48分。★★★★
そして光ありき
オタール・イオセリアーニ監督の1989年作品。アフリカのセネガルで撮影し、未開の村を舞台にしている点で、同監督の異色作といえるが、また、単純におもしろいということでもとびぬけた傑作と断言したい。周囲で森林伐採が進むなか、むかしながらの生活をしている村がある。男も女も上半身は裸、男たちが川で洗濯をしていると、女たちはランチのバナナを木の鉢に入れ、川の流れにのせてとどける。一日の終わり、みんなで夕日を眺める。首のとれた死体に呪術師が首をくっつけてやると、それはよみがえって、咳(せき)をする。呪術師は雨も降らせる。この村には、まだ魔術が生きている。まるでマンガみたいな痛快なおもしろさなのだ。だが、文明は村を侵食して……。最後のオチはとんでもないユーモアだが、深遠な文明批評でもある。★★★★★(宇田川幸洋)
少女は卒業しない
話題作に出演があいつぐ河合優実(ゆうみ)の初主演作。しかし、それほど「主演」感がつよくないのは、よくバランスのとれた群像劇の一員としてとけこんでいるから。山あいの静かなまちの高校、卒業式の前日と当日のはなし。桜も見ごろ。式の予行演習がおこなわれる。山城まなみ(河合)は卒業生代表で答辞をのべることになっている。バスケ部の後藤(小野莉奈)は、東京の大学へ進むのだが、地元にのこる彼氏と気まずくなったまま別れたくない。3年間友だちができず、やさしい先生のいる図書室ばかりに行っていた作田(中井友望)。式後の祝賀会に難題をかかえた軽音部部長の神田(小宮山莉渚)。4人のエピソードが、うまくからみあっている。原作は朝井リョウ。監督・脚本は注目の新人、中川駿。うまさが目立たないところがいい。おちついたタッチだ。★★★★(宇田川幸洋)
エンパイア・オブ・ライト
海辺の町の古い映画館でベテランのマネジャーとして働く中年女性ヒラリー(オリヴィア・コールマン)の前に、快活な黒人青年スティーヴン(マイケル・ウォード)が現れる。大学で建築を学ぶ夢をもちながら映画館で働かざるを得ないスティーヴン。心の病を抱えながら、身勝手な支配人に不倫関係を強要されてきたヒラリーは、若いスティーヴンを指導しながら少しずつ心を開き、解放されていく……。スティーヴンのシャツの下からのぞくスラリとした腹を見た一瞬にヒラリーの恋の目覚めを表現するショットにドキリとする。サム・メンデス監督の繊細な演出術が光る。1980年代初頭の不況にあえぐ英国での人種差別意識の高まりがリアルで、ひと時代前のアメリカ映画「さよならミス・ワイコフ」(79年)も想起させるが、あの映画にはないラブストーリーとしての妙味がこの映画にはある。オリヴィア・コールマンの含蓄のある演技は見事の一言。★★★★(古)
WORTH 命の値段
2001年9月11日、アメリカを襲った同時多発テロ。政府は被害者補償基金を立ちあげ、被害者遺族や生きのびた被害者への補償額を決定することを急ぐ。それは航空会社への訴訟多発を防ぐためでもある。その交渉役として手をあげたのは、「調停のプロ」を自任する弁護士ケネス・ファインバーグ(マイケル・キートン)。これは事実にもとづくものがたりであり、ファインバーグも実在の人物だ。当初、ファインバーグは、補償額を所得、学歴などから見つもる客観的・合理的で公平と思われる方程式を打ち出すことに傾注するが、それでは被害者たちは納得しない。一人ひとりの生への敬意が欠落しているからだ。被害者たちのリーダー(スタンリー・トゥッチ)との対話で、ファインバーグは、しだいに目をひらく……。淡々としたタッチで民主主義社会の神髄をえがくドラマ。新進女性監督サラ・コランジェロ作品。★★★(宇田川幸洋)
レッドシューズ
朝比奈彩の映画初主演作。美貌で知られる女優/モデルの朝比奈だが、女子プロボクサーでシングル・マザーという役がらに体当たりで挑む。彼女が演じる真名美は、親もなく、ひとりで生きてきて、最愛の夫(森崎ウィン)と結ばれたと思ったら先立たれてしまい、幼いむすめと2人ぐらし。経済的にうまくいかない真名美を見かねて、夫の母(松下由樹)は、むすめをひきとろうと裁判に訴える。真名美は、ボクシングの成功に懸ける……。真名美のまわりの人物もできごとも、類型ばかりでダレてくるのだが、やはりボクシングは映画の強力な武器。最後はもりあがる。北九州市でオール・ロケ。共演は市原隼人、佐々木希、観月ありさ。監督は、北九州市出身の雑賀俊朗。★★★(宇田川幸洋)
日の丸 寺山修司40年目の挑発
1967年2月にTBSテレビで放映され物議を醸したドキュメンタリー番組「日の丸」。この街頭インタビューで構成された番組で市民に問いかけた質問を、現在の街頭で投げかけたらどういう反応があるか。そんな比較を試みながら、日本と日本人について改めて問いかける。監督による自省を交えつつ、当時演出した亡き萩本晴彦、とりわけ構成の亡き寺山修司の意図に迫る。半世紀以上の長い歳月による日本社会の変化を背景に、日本という国家への人々の思いの変容は興味深いとはいえ、構成が少々雑然としているのが惜しい。★★★(村山匡一郎)
ただいま、つなかん
宮城県気仙沼市唐桑にある民宿「唐桑御殿つなかん」。東日本大震災で津波に襲われ、カキ養殖を営む和享さんと一代さんの菅野夫妻は半壊した自宅をボランティアの学生たちに提供、1年後に民宿を始めた。その後、和享さんや長女たちを海難事故で失う悲劇に見舞われるが、一代さんとボランティアの学生たちの交流は続く。そんな「つなかん」が育んだ絆を10年にわたって描きながら、「つなかん」に集う多彩な人間関係と交流を通して、未来への希望が浮き彫りにされる。★★★(村山匡一郎)
湯道
古き良き銭湯を舞台にした群像劇。仕事がうまくいかず実家の銭湯をマンションに建て替えようと考える兄(生田斗真)、亡き父から銭湯を引き継いだ弟(濱田岳)、銭湯を愛する看板娘(橋本環奈)、「仙人」と呼ばれる謎の老人(柄本明)らが、泣き笑いの人間模様を展開する。スター俳優たちが顔をそろえ、何よりも湯気の立つ大きな風呂がいかにも気持ちよさそう。格式張った「湯道」の精神は少々窮屈に見えてしまう。企画・脚本は小山薫堂、鈴木雅之監督。★★(の)
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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