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養老孟司さん新刊で説く 確たる自分捨てよ、森へ出よう

「物事をわかりたいと思い、一生をかけてきた」。85歳の解剖学者が、自らの考え方やものの見方を新刊「ものがわかるということ」(祥伝社)にまとめた。自分とは何か、他者を理解することはできるのか――。深く巡らせた思考を、平易な言葉で解きほぐした。

「今は確固たる自分を持てと言われて、みんな困っているのでは」。日本人は従来、自らを移りゆく自然と一体のものとして捉えてきた。だが近代以降、固定的な自己の観念が広がり、個性が求められるようになったと指摘する。「自分を固めなきゃというのはストレス。変化するものと捉え直せば楽になる」

自分すら移り変わり、捉えがたいものなのだから「言っていることが相手に通じるなんて、奇跡みたいなもの」。特にSNS(交流サイト)やリモート会議といった、場を共有しないコミュニケーションは難しい。自身は新型コロナ禍でユーチューブに公式チャンネルを開設。講話や対談を配信しているが「同じ人でも、見る状況が違えば理解の仕方が違ってくる。ジジイが何かぶつぶつ言ってる、ぐらいで聞いていてもらえばいい」と割り切る。

人や動物と仲良くなるのは、理屈ではない。「何となく波長が合うということがある」。その状況を「共鳴」と呼ぶ。感覚が開かれていることが重要だが、自然を統御し、排除した都市では鈍ってしまうという。

かねて、1年のうち一定期間を田舎で暮らす「現代の参勤交代」を提唱してきた。自身も都会の子供を森に連れだし、一緒に虫を捕る。「感覚が開き、鳥が鳴いているな、と気がつくようになる」。場所を問わない働き方が広がり始めた今こそ、好機かもしれない。

(西原幹喜)