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「座間」30年の逆・指数関数 頼みの自動車は大丈夫か 本社コメンテーター 中山淳史

日産自動車の座間車両工場(1995年)と跡地にできたイオンモール座間(神奈川県座間市)

イオンモール、プロロジスパークに中国系電池会社。久しぶりに歩いた日産自動車の「座間車両工場(神奈川県座間市)」跡地は大きく変わっていた。

商業・物流施設の大規模再開発は今も続き、85万平方メートルあった敷地の所有権がどう分割されたかを知るには、法務局で面倒な作業が必要になる。

日産が座間工場閉鎖を発表したのは今から30年前の2月23日。実際の閉鎖は2年後の1995年3月だったが、拡大一辺倒の国内自動車メーカーが組み立て工場を閉鎖するのは初めてだった。発表は日本社会に激震をもたらし、バブル経済崩壊で企業が抱えた設備、人員、債務の「3つの過剰」解消に向けた号砲になった。

広がった日米の産業競争力

製造業のダウンサイジングはあれから一巡している。だが、縮小均衡の悪循環が止まったとはいえまい。トヨタ自動車は売上高を3.5倍、日産も1.8倍に増やしたが、トヨタの株式時価総額は現在、20年前に誕生した米テスラの3分の1以下にとどまる。

電機産業はさらに深刻で、パナソニックホールディングスの売上高はここ30年間ほぼフラットだ。株式非公開化の検討が進む東芝は、一段の会社解体へと向かう可能性もとりざたされる。

端的に物語るのはエレクトロニクス製品の貿易赤字だろう。テレビ、スマートフォン、半導体、電子部品を合わせた日本の電子工業製品の輸出額は2013年に輸入額に逆転され、22年は入超が初めて2兆円を上回ったもようだ。

背景は日本が予想もしなかったスマホの普及や中国の台頭、デジタル化が想像を超える速度で世界に広がったことなどとされているが、理由はそれだけか。

知的コンバットの欠如

「失敗の本質」などの著書で知られる一橋大学の野中郁次郎名誉教授は、「暗黙知の軽視や直感の欠如」という視点で「失われた30年」を分析する。

イノベーションを生むには、経営者や技術者の直感と組織の共感が不可欠になる。直感を共有するには「知的コンバット」、例えば徹底的に議論し尽くすホンダの「ワイガヤ」のような壮絶なプロセスが必要だが、日本企業の多くは30年で「分析重視に重心を変え、美点を遠ざけた」と野中氏はみる。

つまりリスクは「果敢に取る」より「過剰に管理する」傾向だ。象徴的なのが、PDCA(計画、行動、点検、修正)に代表される数値重視の経営だろう。PDCAは業績面での改善効果が早い。だが、コスト重視の色彩が濃く、自動車の米テスラのようにソフトウエアやエネルギー会社としての発想でゲームチェンジを仕掛ける変革はもたらさなかった。

指数関数の成長には3タイプ

もう一つ重要なのはデジタル化の本質に沿った経営モデルを志向し、組織の意識を徹底的に変えたかどうかだろう。本質とは、デジタル技術が「指数関数を描くように急成長する世界にビジネスを誘導する装置」ということだ。

アマゾン・ドット・コムは最近こそ成長が減速気味だが、21年まで20年間は平均28%の複利で売上高を増やしてきた。単利ではない。年を追うごとに圧倒的な伸び方の差を生む複利だ。

グラフにすればその成長曲線がわかる。米IT(情報技術)企業「GAFAM」はみな似た曲線を描くことで共通しており、簡単にいえばネットワーク効果の経営だ。GAFAMの経営モデルは3タイプに分かれ、1つは電子商取引や広告で「売りたい人」「買いたい人」を相乗効果的に増やしていくアマゾンやグーグルだ。

2つ目は、データの爆発的増加を背景に、その保管・加工の受け皿として付加価値を自社に誘導するクラウドコンピューティング型で、アマゾン、グーグル、マイクロソフトが該当する。

3つ目がアップル型だ。自社の圧倒的な得意分野とビジョンで他の企業を引き寄せ、自分にない技術やサービスを持ち寄らせることで相乗効果的に巨大な経済圏をつくる。スマホのiPhone事業がそうだ。

日本車が衰退軌道を避けるには

では、GAFAMのたどった指数関数成長の余波を日本という視点から分析すれば、どうなるだろう。例えば、クラウドを含む「通信・コンピューター・情報サービス」の国際収支を財務省や日銀の統計でみると、赤字額はGAFAMの成長を逆さまにしたようなマイナスの指数関数曲線になる。

経済産業省はこのうちクラウドに絞り、30年までの日本のサービス収支の赤字を予測している。同年の赤字は約8兆円で、これもマイナスの指数関数曲線を描く。

座間閉鎖後に起きたのはまさにこの「逆指数関数」現象だった。そして今後懸念されるのが唯一残った主要産業、車への波及だ。

独フォルクスワーゲン(VW)のEV製造工場(22年6月、独ハノーバー)

米中企業が主導し、普及が進む電気自動車(EV)の市場。今後、世界的な環境規制の強化とデジタル技術の進歩で、指数関数的な成長が予想される。一方、日本がレガシー設備を抱える内燃機関の車は、マイナスの指数関数で衰退軌道を描く懸念がある。

EVへの参入がうわさされるアップルはおそらく、得意分野とパートナー企業の強みを合体させる「エコシステム型統合モデル」と呼ばれる必勝パターンを構築しようとしている。

従来の稼ぎ方では日本の自動車産業も逆指数関数の罠(わな)に陥りかねない。日本が30年もひきずる真因を知り、それを乗り越える経営がなければ、失われた時代は終わることがないのではないか。