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割安日本株の逆襲が始まる 人生100年こわくない・地球株の歩き方(藤田勉)

日本株の低迷は長期化している。過去5年間の株価上昇率は、米国(S&P500種株価指数)44.4%、欧州(ストックス600)14.6%に対し、日本(東証株価指数=TOPIX)は7.5%にとどまる(1月末時点)。世界の時価総額上位100社のうち日本はトヨタ自動車1社のみ(1位=米国56社、2位=中国12社、3位=フランス、英国各5社)、上位1000社でも67社(米国374社)しかいない。このように、世界で通用する日本企業は少ない。

PBR(株価純資産倍率)は、米国4.0倍、欧州1.9倍に対して、日本は1.2倍と低い。さらに、実体価値と比較して、株価が著しく割安な企業が多い。上場企業全体の50%(1917社)がPBR1倍以下、26%(994社)が0.5倍以下。PBRの分布では、最多が0.5倍台(319社)、次いで0.4倍台(271社)、0.6倍台(261社)の順だ。

株価が低迷すると、①従業員の保有する株式やストックオプションの魅力が低下する②企業買収や資金調達の際に不利になる③アクティビストファンドに狙われる――などの問題が生じることが多い。一方、株価が大きく上昇すると、経営者を中心とする多くのステークホルダーに恩恵が大きい。

株価と業績は、その経営者の能力と意思を映す。経営者が本気になれば、割安企業の株価を上げるのは簡単だ。その実例を紹介しよう。

日証金、増配&自社株買い

第一に、日本証券金融だ。歴代会長、社長はすべて日銀出身者。株価と業績は長らく低迷し、2020年にはPBRは0.3倍まで低下した。

村上ファンド出身者が運営するストラテジックキャピタル(東京・渋谷、以下SC)が日証金の株式を取得し、昨年の株主総会で日銀出身者の報酬開示などを求める株主提案を行った。これが否決されたので、再度、SCは、日証金の社長ほか役員の選任プロセスを調査すべく、臨時株主総会の招集を請求した(すべて否決)。

筆者から見ると、SCの要求は妥当なものだ。役員の選任プロセスを調査されても、何も不都合はないはず。正々堂々調査してもらえれば済むことだ。筆者は数社の社外取締役を務めるが、SCが選任の経緯の調査を求めてきたら「どうぞ」というまで。同様に、報酬を開示してもらっても何ら困らない。

しかし、なぜか、日証金はいずれも反対した。株主総会で、株主提案を否決するためには、経営陣は株主の支持を得る必要がある。よほど、SCの株主提案を否決したかったのだろう。日証金は、強力な対抗策を実施した。それが、株価を大きく上げることである。

20年以降、増配(20年3月期22円→23年3月期32円の予定)、自社株買い(22年3月期に30億円)を実施し、自己資本利益率(ROE)は20年3月期の2.7%から4.2%(今期会社試算値)まで上昇する。その結果、株価は20年安値から23年高値まで2.6倍となった。経営者の決断を大いに評価したい。

第二は、明和地所だ。同社は東証の市場区分見直しでプライム市場を選択したが、流通株式時価総額が約70億円と基準の100億円未満だった。よって、プライム市場に残るためには、この基準を満たす必要がある。昨年11月末時点では、株価収益率(PER)5.1倍、PBR0.6倍と株価は割安だった。

そこで、明和地所は株主還元に力を入れた。昨年12月にポイント制株主優待制度「明和地所プレミアム優待倶楽部」(株主管理プラットフォームを手掛けるウィルズが提供)を導入し、かつ、今年1月に1株35円から45円への増配を発表した。その結果、株価は昨年11月末から今年1月高値まで39.0%上昇した。

第三は、ドリームインキュベータだ。同社はボストン・コンサルティング・グループの日本法人元社長、堀紘一氏が2000年に設立し、コンサルティング部門とベンチャー投資部門を兼営していた。しかし、長らく経営不振が続き、株価は低迷した。

20年に堀氏が退任した後、経済産業省出身の三宅孝之社長率いる新経営陣は投資部門を縮小し、事業創造に強みをもつコンサルティング部門(ビジネスプロデュース)に集中することを決断した。22年、第一生命ホールディングスアイペットホールディングス(ドリームインキュベータが株式の55%を保有)に対するTOB(株式公開買い付け)を発表した。ドリームインキュベータは売却代金を大規模な株主還元に充てる予定だ。株価は21年安値から22年高値まで3.7倍になった(筆者はドリームインキュベータの社外取締役を務めている)。

問われる「経営者の本気」

このように、経営者が本気になって株価を上げる気になったら、株価が割安の企業については、株価を上げるのは容易であるということが証明されている。そのために、アクティビストファンドの役割は大きい。

近年、旧村上ファンド系、エフィッシモ・キャピタル・マネージメント、オアシス・マネジメント、ダルトン・インベストメンツなど国内外のアクティビストが中小型株を積極的に買い付け、株価が大きく上昇しているケースが多い。SCが介入した例としては、浅沼組(20年安値から直近高値にかけ2.0倍)、帝国電機製作所(同2.7倍)などの例がある。

バリューアクト・キャピタルは、複数の事業を持つ大型企業に対して、資産売却を迫った。オリンパスはカメラ、顕微鏡事業を売却し、株価は20年安値から22年の高値まで2.4倍になった。JSRは祖業である合成ゴム事業を売却し、同じく株価は2.9倍(21年高値)になった。セブン&アイ・ホールディングスは、百貨店事業売却を決定し、株価は2.0倍になった(23年高値)。

他にも、低PBR株の急上昇の例は少なくない。世界的な金利上昇や日銀の政策変更により、メガバンクの株価は大きく上昇した。三菱UFJフィナンシャル・グループのPBRは20年の0.3倍(最低)から今年には0.7倍(最高)になった。同様に、三井住友フィナンシャルグループのPBRは0.3倍から0.6倍に上昇した。このように新型コロナウイルス感染症と世界的な高インフレの終息が見えつつある中で、低PBR企業の株価は、何らかのカタリストによって大きく上昇する可能性がある。

日本株に訪日客回復の恩恵

今年前半の日本株は、米国の利上げ、日銀総裁交代に伴う金融政策の変更などリスク要因が多い。しかし年後半は、米国の利下げ、インバウンド消費拡大、中国景気回復などが予想される。とりわけ、中国からのインバウンドが本格的に回復するとみられ、百貨店(J・フロントリテイリングなど)、不動産(住友不動産など)、運輸(東急ANAホールディングスなど)、サービス(オリエンタルランドなど)に恩恵があると思われる。

藤田勉(ふじた・つとむ)
一橋大学大学院経営管理研究科客員教授。元シティグループ証券副会長。ファンドマネジャー、ストラテジストとして約30年の経験を持つ。2010年まで日本株ストラテジストランキング5年連続1位。マクロとミクロの視点から地球株投資を語る