現行の金融緩和を続ける基本姿勢を強調しつつも「必要に応じて」黒田東彦総裁が10年近く続けてきた異次元緩和の検証作業に着手する考えを示した。長期金利を固定する「イールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)」でも副作用の存在を認め、修正には「様々な可能性」があると指摘した。安全運転に努めるなかでも、異次元緩和の「副作用軽減」が植田日銀の当面の焦点になることがみえる内容だった。
経済・物価情勢をにらみつつ、望ましい2%インフレの継続が見通せる状況が近づけば、金融正常化に向けた出口戦略を本格的に練る。同時に緩和の長期化を強いられるケースにも備え、副作用の軽減策を講じていく。植田氏が率いる新たな日銀の軸となるのは、そんな二正面作戦だ。
冒頭の所信表明。植田氏は、過去の日銀の金融政策を振り返るなかで「私はこれらの立案過程に他の政策委員と相談しながら主に理論面から参画した」と語り、「例えば時間軸政策はその後、欧米の中央銀行でも『フォワードガイダンス(政策の先行き指針)』などとして採用されるなど、世界の金融政策の標準にもなっていった」と言及した。

1999年に導入したゼロ金利政策では、導入後に「デフレ懸念の払拭が展望できるまで」続けると表明し、将来の政策継続を約束することで長期金利の低下や安定を促そうとした。これが「時間軸政策」の始まりだ。植田氏は採用に至る過程で、政策委員会での議論を主導した。今回の所信では「生みの親」としての強い自負がうかがえる。
現行の異次元緩和にも、2%の物価目標を「安定的に持続するために必要な時点まで政策を継続する」といった具合に、いくつかの先行き指針が組み込まれている。それらの達成条件の見極めには、極めて強い問題意識をもって取り組むことになりそうだ。
植田氏はこれまで先行き指針について「早くやめることでの『約束破り』に伴う中央銀行の信認低下」と「続けることに伴う副作用の増大」をてんびんにかけて検討することが大切だとの認識を示してきた。植田日銀が「約束破り」のリスクを背負う「早すぎる緩和正常化」に動く可能性は低い。その半面、金融政策を続ける場合、「副作用」をどう軽減するかが大きな焦点となる可能性が高い。
そう考えると、植田氏が現行政策を「目標の実現にとって必要かつ適切な手法だ」と評価しつつも、自ら「一方で様々な副作用が生じている」と明言した意味は大きい。「わが国経済にとって金融仲介機能が円滑に発揮されることは極めて重要だ」と語ったのも、YCCが持つ市場機能の阻害という副作用を念頭に置いた可能性がある。
所信のこうした点を踏まえて議員らとの質疑を振り返ると、植田氏の意図をつかみやすくなる。質疑では「基調的なインフレ率動向をみると、良い芽は出ているものの、まだ2%に安心して達するまでにはちょっと時間がかかる」としたうえで、物価安定目標の達成が次第にみえてくるケースと、出口が遠いままのケースの2つに分けての説明が目立った。
出口が近づくケースでは「適切なタイミングで、現在実行している金融緩和の手法を正常化していくという判断が求められる」とした一方、出口が遠いままのケースでは「副作用などの無理が少ない形を考えて、緩和の継続を図ることになる」と語った。そのうえで「こうした判断を経済の動きに応じて誤らずにやることが、私に課せられる最大の使命」だとした。
つまり、出口がみえてくれば、正常化に向けた本格的な「政策修正」の準備を進める一方、出口がみえないままでも、緩和を続けるうえで膨らむ副作用を軽減するための「政策修正」を検討するということだ。
焦点のYCCの修正論には「様々な副作用を生じさせている面は否定できない」としたうえで「将来は様々な可能性が考えられる」と指摘し「時間をかけて議論を重ね、望ましい姿を決めていきたい」と語った。現在10年の長期金利目標の短期化は「将来見直すことがあったとして、そのときの一つのオプションになる」との見方を示した。
「出口でも緩和継続でも政策修正」という二正面作戦は、YCCの扱いにも当てはまる。出口に向かうケースでは「正常化の方向での見直しを考えざるを得ない」半面、出口が遠く「力強い金融緩和の継続が必要である場合」には「市場機能の低下を抑制するというところに配慮しつつ、この措置をどうやって継続するかということを考えないといけない」と述べ、修正の必要をにじませた。
所信のまとめで「新日銀法施行以来、25年間日銀にとっても私自身にとっても積年の課題であった物価安定の達成というミッションの総仕上げを行う5年間にしたい」と語り、火中の栗を拾う覚悟を示した植田氏。「早すぎるリスク」と「続けすぎるリスク」のバランスをどうとるかが、最大の課題となる。
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