タイ国会が関連制度の概要案を承認し、政府へ具体化に向けた行動を促した。ホテルや商業施設が併設する統合型リゾート(IR)を開発すれば、主力の観光業を成長させる起爆剤になるとの期待があり、米ラスベガス・サンズなどが進出を検討している。実現すれば、シンガポールなど有力カジノ施設との競争が激しくなりそうだ。
概要案は国会に設置された特別委員会がまとめた。首都バンコクや主要な観光地22都市を建設候補地としたほか、外国人やタイ人がカジノを利用できる条件などを提示。1月中旬に下院本会議の賛成多数で承認され、内閣の審議に付されることになった。
歴代政権は頓挫
タイは公営宝くじや競馬を除く賭博行為を禁じている。仏教の価値観がタイ社会に深く根ざしているのが背景にあり、タクシン政権など歴代政府もカジノ合法化を試みたが、いずれも頓挫した。
風向きを変えたのは新型コロナウイルスの世界的大流行だ。2021年にタイを訪れた外国人観光客は約43万人と、19年の約1%まで急減。タイ経済の成長にはコロナ前まで国内総生産(GDP)の2割弱を占めた観光業の復興が欠かせず、カジノで誘客を強化しようとする案が浮上した。
世界のカジノ運営大手もタイに興味を示す。複数のメディアによると、ラスベガス・サンズや米MGMリゾーツ・インターナショナルが進出を検討している。
サンズのゴールドスタイン最高経営責任者(CEO)は1月下旬の決算会見で「我々はタイ市場を強く意識しており、将来におけるプレゼンスを確立したい」と語った。MGMは現地企業のM&A(合併・買収)を通じたタイ進出を検討していることを明かしている。
特別委はカジノによる税収効果を少なくとも年1000億バーツ(約3900億円)と試算する。今後はこうした企業の誘致に優遇策をとる可能性もある。
もっとも、カジノ合法化への世論の拒否反応は強い。タイ国立開発行政研究院(NIDA)が22年1月に公開した世論調査では回答者の57%が反対し、賛成(39%)を上回った。ストップ・ギャンブリング財団は、国会が承認した概要案について「カジノの負の側面にはほとんど触れていない」と批判する。
大麻前例で警戒
拙速な合法化で社会に混乱をもたらした前例に大麻がある。タイは昨年6月、法整備を待たずに省令の改正のみで大麻の家庭栽培を解禁した。娯楽目的での吸引や大麻の葉をかたどった看板の掲示は違法としたが、実際には規制が追いつかず中毒者が急増した。
大麻の教訓を生かさずにカジノの合法化を強行すれば観光誘致どころか、国としてのイメージ悪化につながりかねない。負の影響を最小限にとどめ、最大の利益を出すためにも国民への丁寧な説明と緻密な制度設計は欠かせない。
アジア各国では有力なカジノ施設も集客力を高めている。

カジノ・リゾート開発のゲンティン・シンガポールが20日に発表した22年7~12月期決算は純利益が2億5600万シンガポールドル(約256億円)と、前年同期に比べ2.7倍になった。海外からの観光客増加で主力のカジノ事業の売上高が倍増したのが主因だ。新型コロナ関連の規制がほぼ撤廃された22年後半以降の急回復が際立つ。
ゲンティンは45億シンガポールドルを投資し、セントーサ島の施設を拡張する計画。既に拡張工事に入っており、水族館の規模を3倍にしたり、ユニバーサル・スタジオに新たなアトラクションを設けたりする。マリーナベイ・サンズも45億シンガポールドルをかけ、新ホテル棟やイベント会場を建設する計画だ。周辺国との観光客の獲得競争が激しくなる中で、巨額投資で集客力を維持したい考えだ。
中国国内で賭博が唯一合法のマカオは「ゼロコロナ」政策の影響でカジノ産業が大きく落ち込んだものの、足元で復調している。1月のカジノ収入は約1900億円と、前年同月比83%増えた。マカオ政府によると、春節(旧正月)期間中の観光客は約45万人に上り、うち中国本土客が26万5000人を占めた。
マカオでカジノを展開する金沙中国(サンズ・チャイナ)やMGM中国は米中対立に巻き込まれるリスクが一部で取り沙汰されたが、昨年、カジノ運営免許を更新した。
マカオ政府は外国人がカジノを利用した場合に運営会社の税金を軽減する仕組みを導入。カジノ各社はマカオの観光地化に力を入れる中国政府の方針に沿って、リゾート施設の拡充など非カジノ分野に多額の投資をする計画で、ファミリー層の誘致も狙っている。
一方、中国の習近平(シー・ジンピン)指導部は富裕層に賭け金の融資などを手掛ける仲介業者を厳しく取り締まり、カジノ産業への監視を強めている。日本のカジノを含むIRの計画も当初より遅れており、サンズやMGMがマカオ以外のアジアで成長の機会を探っている可能性もある。
東南アジアでカジノが違法な国は、タイのほかにインドネシアとブルネイがある。独コンサルティング会社ローランド・ベルガーの下村健一アジアジャパンデスク統括は「アジアは有名なカジノリゾートが存在しており、厳しい競争環境にある」と指摘する。狙った経済効果を得るためには、IRでタイ独自の魅力を高める必要もある。
(バンコク=井上航介、シンガポール=中野貴司、香港=木原雄士)
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