ブロックチェーン(分散型台帳)技術を活用し、個人主導でデータのやり取りや管理ができるインターネット基盤を構築する動きが進んでいる。米ビッグテックを中心としたプラットフォーマーへのデータの集中が問題になっているためだ。ネット利用者が日常の様々な体験までもデータ化して持ち運べる未来を見据え、開発が活発化している。
ウクライナ出身のトマ・サドバさんは首都キーウを拠点にエンジニアとして働いてきたが、ロシアによるウクライナ侵攻を境に「生活は一変した」。戦禍を逃れ、ポルトガルや英国、ハンガリーなどでノマド生活を続けている。
現金を持ち合わせていなかったサドバさんが頼ったのが保有していた暗号資産(仮想通貨)だ。特定の企業や国が管理していないため、世界のどこにいても利用できる。「力が湧いてくるようだった」(サドバさん)といい、多拠点生活の助けになっている。
改ざんが困難というブロックチェーンの特性を生かすことで管理者不在のまま個人間でデータをやり取りできる。仮想通貨は代表例で、発行人や管理する組織がないままサービスが運営されている。
従来のネットは中央集権型の情報基盤だ。データの管理はプラットフォーマーなどに任されており、サービスをまたぐデータの移動も難しい。
ブロックチェーンを用いた分散型の新たなネット基盤はWeb3とも呼ばれ、実現すれば「個人のあらゆる資産をデータ化し、自ら管理したり持ち運んだりする時代が来る」(電通イノベーションイニシアティブの鈴木淳一氏)。
例えば、個人が人生の様々な体験をデータ化しネット上で持ち運べるようになるかもしれない。電通グループが岡山県などで手掛けた実証実験では、筑波大学の落合陽一准教授を講師に小学生ら向けにサマースクールを開催した。SDGs(持続可能な開発目標)などについて学んだ受講生の学習履歴は、いつどこで誰から学んだかなどの情報とともにブロックチェーン上に記録され、改ざん不可能な形で証明された学習履歴として保管される。
将来は入試や就職試験などの場面で学校や企業が参照することも想定する。「学歴などだけでは分からない個人の活動実績を証明できる」(鈴木氏)といい、人生のあらゆる体験をデータ化して個人が管理する時代の到来を描く。

個人がデータを自由に持ち運び利用できるようにするには、サービス同士をつなぐ基盤作りが欠かせない。Web3の提唱者でブロックチェーン基盤「イーサリアム」を立ち上げたギャビン・ウッド氏が率いるプロジェクトは、異なるブロックチェーンに互換性を持たせてデータを連携させる技術を開発している。
日本政府が主導し、30年ごろの実装を目指す「トラステッドウェブ」と呼ぶ仕組みもWeb3と似た動きだ。ブロックチェーンなどを活用してデータの個人管理を目指す。各国政府はプラットフォーマーへの規制を強めており、データの寡占状態から主導権を個人に取り戻そうとする動きは今後も加速しそうだ。
信頼前提のネットは限界
Web3提唱者のギャビン・ウッド氏は従来のインターネットを「Broken Web(壊れたウェブ)」と呼ぶ。特定のプラットフォーマーや人物を信頼することを前提に成立する情報基盤には、限界が来ていると説く。
実際、一部の管理者の不手際や悪意でデータが流出したり盗み見られたりするといった事例が起きている。データ管理の主導権を個人に取り戻そうとする取り組みは、利用者からもますます強く求められるものとなっている。
ブロックチェーン技術はこうした課題を解決する革新性を備えながら、これまではWeb3という言葉とともにその意義があいまいなまま語られてきた。足元ではベンチャーキャピタル(VC)などの間で投資テーマとして過熱した揺り戻しが起きているほか、大手仮想通貨交換事業者のFTXトレーディングの経営破綻で逆風が吹く。
それでもブロックチェーン技術の開発自体は着実に進んでいる。実ビジネスにおいても、透明性や真正性を証明するといった場面で導入するケースが増えてきた。
人生における経験やその時の感情までもがデータ化されて持ち運ぶ未来が到来するならば、個人主導でのデータ管理の重要性は一層高まる。
(水口二季)
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