2024年に卒業する学生の就職活動が本格的に始まる。今の大学3年生は新型コロナウイルス禍で大学生活を送った。就活生からは学生時代に力を入れた「ガクチカ」が書けないといった悩みの声があがる。金融機関に限らず企業が力を入れているのが理系人材の採用で「争奪戦がどんどん過熱している」(メガバンク)。リアルの面接は実施できるものの、選考が難しい採用シーズンとなっている。
3月からは説明会や面談日程が立て込む。今年がいつもと違うのは対象が入学当初から勉学やサークル活動、アルバイト、海外留学などが制限された学生ということだ。
高校の部活も質問
学生の間で「ガクチカ」と呼ばれるエントリーシートに記入する「学生時代に力を入れたこと」。どうやって書いたらよいか分からないといった切実な悩みが出ている。これまでは大人数のイベントを仕切って集団を動かす力や交渉力をアピールしたり、留学経験から国際性を訴えたりするのが鉄板ネタだった。
昨年あたりから「オンラインでサークル活動の勧誘を頑張った」などといった同じような記述が目立ってきたという。ガクチカは人物を知る判断要素となる。大学時代の経験を聞いても同じような答えになりがちなので、銀行は受験勉強への姿勢や高校時代の部活の取り組みなど質問を工夫しているという。
もうひとつの異変は理系採用の過熱ぶりだ。理系と親和性のある業務がシステムだけでなく、DX(デジタルトランスフォーメーション)、データサイエンス、AI(人工知能)などの領域へ急激に広がっていることが背景にある。
三井住友銀行はデジタルやシステム関連部署など初期配属を確約するデジタライゼーションコースやクオンツコースといった形で募集する。金融工学や統計学を学んだ人などから応募があるという。2024年卒業の学生の採用ではコースをさらに増やす方針だ。
三菱UFJ銀行は「ファイナンシャル・テクノロジー」「システム・デジタル」といった職種別採用を実施。例えばファイナンシャルコースなら、新しい金融商品の開発や時価評価モデル開発などを行うため、市場部門やリスク管理部門などに配属する。
みずほフィナンシャルグループは21年4月から「クオンツ・デジタルテクノロジーコース」をつくった。応募資格を大学院修士課程以上の修了見込みに限定。入社後は全員がグループのみずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向となり、2年にわたって金融工学やデジタル技術を学ぶ。この4月からは1期生がマーケットやデジタルなどの本部の部署に配属になる。
銀行に入る理系学生は自分が研究したテーマや知識を実社会で生かしたいという思いが強い。主に支店で経験を積む一般的な社員と別ルートにしたのは、働く部署のミスマッチを防ぐ狙いがある。
それでも大きな組織だけに、初期配属の希望はかなっても人事異動は付き物だ。自分の能力が発揮できないと判断して、サービス開発が見えやすいフィンテックに移るケースも珍しくない。人材の定着は各銀行にとって共通の課題となっている。
硬直的だった人事制度は変わってきた。理系・文系を問わず採用後のキャリア形成に工夫がみられる。例えば三菱UFJ銀行は銀行、証券、信託で500のポストを公募し、本人の希望に添うような取り組みを始めた。三井住友銀行も各部署の仕事内容を紹介する「ジョブフォーラム」を開催しているほか、社内公募を実施している。
博士を集中採用
理系人材の活用という点でユニークな取り組みを始めたのが三井住友信託銀行だ。新たに立ち上げた「テクノロジー・ベースド・ファイナンスチーム(TBFチーム)」は独自の知見を持った博士クラスの人材で構成する。
現在、メンバーは11人。前職はエネルギー会社、化学メーカー、電機メーカーなどで研究職の人が多い。「特定の業種や企業にいると研究開発の範囲が限定されてしまう場合があるが、さまざまな企業と関われる銀行の強みを評価して入社してくれた」(田嶋裕一郎TBFチーム長)という。
TBFチームは脱炭素社会や資源循環など社会課題の解決をテーマに掲げる。文系の銀行員だと技術の評価が難しい。例えば水素製造装置の実証実験では協業する企業をTBFチームのメンバーが見つけてきてプロジェクトを立ち上げた。事業化のフェーズに入れば、融資の機会が出てくることを期待する。
銀行員は協調性があり、課題解決力や統率力にも優れる人が多い。採用時点でそうした人物を選ぶ傾向があるうえに、支店から本部という画一的なキャリアパスを通じて銀行のカルチャーに人材を染めがちだった。
今はとんがった人材と能力を発揮できる環境が必要になる。文系中心の職場に理系人材が増えれば変化をもたらす可能性があるが、それだけでは十分ではない。いつもと様相の異なる採用戦線で成長を左右する人材の争奪戦が始まっている。
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