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革新と成長を生む柔軟性 MPower Partners ゼネラル・パートナー キャシー松井氏(上)

女性の力を経済成長に生かす「ウーマノミクス」の提唱者でもある。新たなイノベーションと成長には「多様な人材の力を生かす柔軟なリーダーが必要」という。

――いまの時代に必要なリーダー像はなんでしょうか。

「リーダーといえば、力強く部下を率いるイメージがあります。しかしいまは、多様な人材一人ひとりのポテンシャルを生かせるリーダーシップが注目されています。柔軟に周囲に耳を傾け、多様な知見をつなぐような存在です」

「多様性が高いパフォーマンスをもたらすことには多くのエビデンスがあります。経営の成否は、いかに優秀な人材を採用・維持できるか。それでこそイノベーションが生まれ、時代の変化に合わせて柔軟に経営のかじをきれます。自分と似た考え方を持った集団のほうが居心地はいいですが、組織は成長しません」

 

アジア女子大学の卒業式に参加(2023年1月、右端が本人)

アジア女子大学の卒業式に参加(2023年1月、右端が本人)

――多様な人材といえば女性もまさにそのひとつです。

「1999年に『ウーマノミクス』のリポートをまとめました。96年に長男を出産し職場復帰しましたが、まわりには復帰したくてもできない女性がたくさんいました。この人材を活用できれば企業も成長し消費も増えると考えました。反響は主に海外から寄せられ、2013年に政府の政策に取り入れられました」

――女性リーダー育成のため企業は何をすべきですか。

「『キャシー、5分だけいいですか』。GSにいたころ男性の部下はわずかな時間を使っては成果をアピールしてきました。女性はよほどのことがないと声を上げてきません。『いつ空いていますか』では、先になってしまいます。あまりに控えめなのです」

「自分にも失敗がありました。『Work hard and keep your head down』『自分の仕事にフォーカスして良い成果を出せばきっと昇進できる』。働き始めたころに受けたアドバイスです。しかし、これは幻想でした。成果や考え方を周囲に知ってもらわなければ、次のステップに進めない。自己アピールは大事です」

「職業能力は、性別より個人差のほうが圧倒的に大きい。ただし女性はより慎重な傾向がある。だから大事なのは、少し多めに励ますこと。『あなたは必要ですよ』『期待しています』を伝えることが重要です」

「社内のネットワークづくりやメンター制度などさまざまなやり方があります。GSではスポンサーシップもとっていました。高い能力のある女性マネージング・ディレクターに2人の幹部職員をつけ、キャリアをアドバイスするのです」

 

――具体的にはなにを?

「担当しているビジネスが小さければもっと大きなものを探し、本人の業績や能力を国内外の幹部にメガホンのように宣伝します。実際に昇進するかどうかは分かりませんが、女性社員は自分が必要とされているという気持ちを持つことができます」

「私が若いころはスポンサーシップの仕組みはありませんでしたが、素晴らしい上司がいました。GSアジアの会長も務めたマーク・シュワルツと『ウォール・ストリートの予言者』とも呼ばれた女性ストラテジスト、アビー・コーエンです。自分の成果をすぐに海外に伝え、自信の足りなさを補ってくれました。『もっと上のレベルに行ける』という絵をリーダーが描いてくれるから頑張れるのです」

「女性活躍は決してげたを履かせることではなく、男性と同様の機会を与えることです。新たなポストの候補に男性しかいない場合は『社内外に同じスキルを持った女性はいませんか』とリストを見直すように指示していました」

――女性は家事や育児、という意識はなお強いです。

「『アグレッシブ』という言葉は、男性にはプラスの意味で使われ、女性にはマイナス、との研究があります。女性はこうあるべきだ、という無意識の偏見はあります。自分も出張先でお土産を選ぶとき、息子にはレゴブロック、娘には人形、という時期がありました。米国に女の子向け工学おもちゃがあるのを知り、はっとなりました。家庭や教育が子どもの可能性を狭めてはいけません」

「まだ恋人がいない女性社員から『どのタイミングで結婚し、何歳ごろに子どもを持てばいいのか』とよく相談されました。あれこれ心配するより、若いうちにやりがいある仕事を経験するほうが仕事を続ける意欲と工夫がわいてきます。上司の仕事の割り振りが重要です。会社に自分が必要とされていると思えばモチベーションが上がります」

 

――ご自身も壁を乗り越えながら働いてこられました。

「2000年に専門誌で日本株アナリストの1位に選ばれ、会社で昇進し、2人目の子も出産しました。ところが翌年、乳がんが分かり手術をしました。専業主婦は向いていないと思いましたが、これを機に家にいるべきではないかと本気で思いました」

「仕事を続けるきっかけは、夫の母の一言でした。『日曜日の夜8時はどんな気分? あすは仕事だと思うと、ほっとしない?』。正直、その通りでした。子どもとの時間は幸せですが、週明け仕事に戻れることがちょっとうれしかったりもする。『あなたが仕事をして幸せなら、子どもも幸せ』。夫や会社のサポートも受け復帰しました」

――海外の女性リーダー育成にもかかわっています。

「職場復帰した後、ハーバードの後輩からメールが届きました。アジアの途上国の女性に高等教育を提供する大学をつくる計画がある、支援してくれないか、というのです。社会貢献は仕事を引退してからと思っていましたが、いまがその時期と思い直しました。08年創設のアジア女子大学(バングラデシュ)は世界中の寄付で運営されています。日本で運営資金を募り、理事も務めました。この1月も卒業式に参加しました」

「1人の女性の人生が変わると、その地域、その国全体にいい影響が広がります。女性リーダー育成は、欠かせない投資なのです」

(編集委員 辻本浩子)

 

「ウーマノミクス」提唱
きゃしー・まつい 1986年ハーバード大卒、90年ジョンズ・ホプキンズ大院修了。ゴールドマン・サックス証券には94年に入り副会長、チーフ日本株ストラテジストなどを務める。「ウーマノミクス」を提唱した。21年にベンチャーキャピタルファンド「MPower Partners」を設立。
 大学卒業後、留学で両親の母国日本を初訪問。インターンとして都市銀行で制服を着て働いたことも。「メガバンクのカルチャーを知ることができた」。このころ将来の夫と出会い、日本に定住した。

お薦めの本

「LEAN IN」(シェリル・サンドバーグ著)

なぜ女性リーダーは生まれにくいのか。元フェイスブック最高執行責任者のユニークな視点から学ぶことが多いと思います。彼女の経験と自分が直面した問題との共通点も多くありました。