
世界のマネーが歴史的な減少に転じている。米国のマネーは前年同月比で減少し、欧州でも1カ月の減少率がユーロ導入後で最大となった。世界の中央銀行がインフレ抑制で金融引き締めに動いた効果が本格的に出始めたことを示す。過剰流動性が価格を押し上げてきた金融市場などへの逆風は強まりそうだ。
インフレに対抗して進めてきた急激な利上げの効果を最も映しているのが米国のマネーの量だ。米連邦準備理事会(FRB)によると、マネーの量を示す通貨供給量(M2、現預金や少額の定期預金、個人向けMMF=マネー・マーケット・ファンドなどを含む)は2022年12月、前年同月比1.4%減少した。月次ベースで前年比の減少は遡れる1960年以降で初めてとなる。
現在の統計との連続性はないが、米国のM2が前年比で減少するのは1930年代の大恐慌など極めて異例な状況に限られてきた。足元でマネーが減少しつつあることで生じるショックはかつてない衝撃になる可能性もある。
欧州でもM2(季節調整値)が前月比0.4%減と、ユーロの流通が始まった2002年以降で最も大きな減少率となった。欧州中央銀行(ECB)が積極的な利上げに動いていることが影響している。
経済協力開発機構(OECD)の加盟国集計では直近の22年11月に、より狭義のマネーであるM1(現預金など)が1981年以降で初めて前年同月比で減少に転じた。既に前月比では減少に転じていた。
「様々な商品でインフレ率低下の着実な進展が見られ始めている」。米フィラデルフィア連銀のハーカー総裁は14日の講演でこう語り、金融引き締めの効果が現れ始めたとの見方を示した。
世界で続くインフレ率の高騰はマネーの膨張がもたらした面がある。米国などでは新型コロナウイルス禍で停止した経済活動を支えるために量的金融緩和に加えて異例の現金給付に動き、流通するマネーが急膨張した。結果的にお金の価値は下がりモノやサービスの価格が上がるインフレにつながった。
マネー縮小はインフレを抑える効果を持つ。英オックスフォード・エコノミクスは世界のマネーの増加に6四半期ほど遅れて物価上昇がみられたと指摘した上で「マネーとインフレ率の関係性が保たれるなら、24年初頭までにインフレ率は急速に低下する可能性がある」と分析する。
マネーの減少が市場の逆風になる可能性もある。米ティー・ロウ・プライスでグローバル・マルチ・アセット部門最高投資責任者(CIO)を務めるセバスチャン・ペイジ氏は「パッシブ人気と過剰流動性が株価指数のPER(株価収益率)を押し上げていた可能性がある」と指摘する。
QUICK・ファクトセットによると、S&P500種株価指数のPERは足元で18倍台で推移している。20年に付けたピークの24倍台からは低下したものの、過去20年の平均(15倍台)と比べ高止まりしている。マネー減少という重荷が増せば、PERの低下を通じて株価の調整色が強まる恐れもある。
株式市場のみならず債券や暗号資産(仮想通貨)、不動産など幅広い投資資産があふれたマネーの流入を受けてきた。コロナ禍で高騰した高級時計の中古価格が下落に転じ、高級時計専門のオンライン市場を運営する世界最大手の独クロノ24が人員削減に迫られるなど、既に一部ではマネー縮小の影響が出始めている。
米労働省が14日発表した1月の消費者物価指数は前年同月比6.4%上昇と、依然としてFRBが目標とする2%を大きく上回る。世界の中銀の金融引き締めの効果が示されたことで、過熱した金融市場を抑えつつも、今後は景気が過度に冷え込む「オーバーキル」を避けながら物価抑制の効果を見極める時期に移りつつある。
(佐伯遼)
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