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金融から三井物産へ 「誇れる仕事」を自ら形に

三井物産は貨物の現在位置をほぼリアルタイムで把握し、到着予想時刻を算出し遅延の恐れを警告する米社の管理システムを日本に導入する取り組みを進める。そのサービスをけん引しているのが、2021年に金融機関から中途入社した辰巳千恵だ。そこには将来子どもに誇れるサービスをつくりたいという思いがある。

 

たつみ・ちえ 2009年JPモルガン証券に入社。14年JPモルガン・チェース銀行へ移り、国内や海外の大手法人向け営業に携わる。21年三井物産へ転じ、ICT事業本部に所属。

「生涯を通じて達成したい仕事の目標は、私がつくったサービスはこれだよと子どもに自慢できるような仕事をすることだ」と語る。辰巳はそう誇れる仕事をどれほどつくり上げられるか考えながらキャリアを積んでいる。

辰巳を中心に出資を決めた米フォーカイツ(イリノイ州)は、物流大手の米フェデックスなどが株主で、すでに北米や欧州で事業を展開している。フォーカイツのサービスは貨物の位置情報を即時に把握し、物流管理や遅延リスクを下げる特徴がある。

従来は運送会社ごとに電話やメールなど人手で問い合わせることが多かった。運送手段が変わるとさらに位置情報の把握が難しくなり、荷主が即時かつ正確に位置情報を把握するのは難しかった。

一方、フォーカイツの物流データ管理システムは様々な輸送手段や物流拠点の情報、携帯機器などから出る信号を集めて分析し、貨物の最新の動きを把握できる。輸送手段や天候情報、全地球測位システム(GPS)などを活用し、到着予想時刻を割り出す。

異例の速さで交渉まとめる

「当初、相手先が日本のことを何も知らなかった」と振り返る。22年7月から具体的に出資の検討を始め、正式に決めたのが同年9月と、三井物産のなかでも驚異的な速さだったという。交渉相手が米国のため、時差の関係からミーティングは日本時間の早朝か深夜になることが多く、苦労した。

出資のおおまかな検討までは辰巳を含め2人で進めてきたが、出資を正式に決めるまでの約2カ月間は当時6人いたチーム全員でプロジェクトに集中した。それぞれの分野ごとに、財務や法務担当などに割り振った。簡単な概要説明だけで全員が追いついてこられたのに驚いたという。

日本と米国の商習慣の違いでもハードルがあった。日本の会社では、毎年決められた予算内で事業を進めることもあり、トライアル期間を経てから次年度に契約を結ぶ傾向にある。一方米国ではすぐに契約してみようというケースが多い。

貨物の位置がほぼリアルタイムでわかる

日本向けのトライアル版を作らないと売れないと思った辰巳は、フォーカイツ側に「日本の慣習や規制をクリアできなければ、日本での事業は成功しない」と説得した。出資を検討している段階から日本でのハンドリングは辰巳の交渉で主に三井物産側に委ねられた。

金融機関の経営を間近に

辰巳は三井物産のたたき上げではない。最初のキャリアはJPモルガン証券で営業をはじめ、最高執行責任者(COO)や最高財務責任者(CFO)らと一緒に社内横断型のプロジェクトや、省庁や日銀の監査対応をする仕事などをしていた。

COOらの近くで仕事をすることで、JPモルガン証券の経営陣が何を考え、何を軸に経営判断するのかがわかり、勉強になったという。ただ、営業を顧客先のCFOなどにする際、顧客が何に悩んでいるかわからなければ適切な商品の提案はできないと感じた。

「同じ土俵で話せるようになるために経営の勉強をしたい」と思い、グロービス経営大学院で経営学修士(MBA)を取ろうと決意した。グロービスに入ると、自分のやりたいことが明確だったり、死ぬまでにやり遂げたい夢が明確にあったりする仲間が多くいた。

JPモルガンでの仕事も好きだったが、辰巳も生涯をかけて自分の意思を達成できる仕事がやりたいと思い、転職活動を始めた。活動するなかで三井物産の社員と出会い、話を聞いた。世界中にあるサービスを見つけ、世の中の問題を解決できるように事業をつくる仕事があると知った。「ここなら自分のやりたいことが形にできるかも」と思い、21年に三井物産に転じた。

日本でのサービスは三井情報とも連携して23年春から始めることを目指す。2月末にもサービスを日本語で提供するなど日本仕様化を完了する予定だ。

日本版でも今後、輸送過程でどれくらい二酸化炭素(CO2)を排出したかがわかるサービスを入れる予定だ。将来は三井物産の持つ事業アセットとの連携や活用なども検討している。辰巳は日本での事業展開に向けて走りつつ、将来誇れる仕事になりうる原石を探し続ける。=敬称略

(燧芽実)