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百貨店、「デパ・アート」で顧客創る 20〜40代に的

日本の現代アート作家の展示会には若者の姿も(1月、東京・銀座の松屋銀座)

百貨店各社が現代アートの取り扱いを広げている。百貨店のアートは富裕層向け商品というイメージも強いが、各社は手の届きやすい価格帯の商品を用意。西武池袋本店(東京・豊島)では2022年2月期の現代アートの売上高が前の期に比べ約3倍となった。各社はアートを切り口に顧客の若返りやインバウンド(訪日外国人)客の来店につなげたい考えだ。

22年11月上旬、松屋銀座(東京・中央)で開かれた現代工芸品の展示・販売会「ACTIVATE KOGEI(工芸)+ART」の初日には、朝から人が詰めかけた。先頭の客は午前4時ごろから並んでいたという。

人気陶芸作家の17万〜18万円のぐい飲みを夫婦で1点ずつ購入したという会社員の女性(39)は「(作家のことを知った当初から比べて)今は作品の価格が倍くらいになっている。買った作品は家に飾って楽しみたい」と満足げだ。兵庫県在住の安福武さん(56)は金工作家の中村友美氏の急須を20万円程で購入。「SNS(交流サイト)で作家や作品に関する情報を集め、好きな作家を追いかけている」と話す。

百貨店で取り扱うアートは1枚1000万円を超えるような美術界の巨匠の絵画から数万円程度の現代アートや工芸品まで多種多様だ。従来は外商を通じた富裕層向けの販売が主だったが、「裾野は広がっている」(松屋)。松屋銀座では新型コロナウイルス禍の20年9月からアートの催事を本格化。実績を積むことで人気の作品も集まりやすくなってきたといい、23年2月期下半期のアート催事の売上高は21年の3倍超で推移する。

1月には春節(旧正月)にあわせ、日本の現代アートをアジアに発信する「アートギャラリーA4」を通じて、3階免税カウンター奥のスペースで、現代アートを前期と後期あわせて約70点を展示した。10万円以下のものや、A4サイズなど小ぶりな大きさの作品など初心者でも手を伸ばしやすい作品を多くそろえた。出展したアーティストの東京湾太郎さんは「アート好きが集まるギャラリーとは違い、百貨店は通りすがりの人の目にも作品がとまる」と語る。

アート市場「百貨店が戦える分野」、利益率も高く

美術品見本市を開催するエートーキョー(東京・千代田)の調査によると、21年のアート市場における国内百貨店経由の販売は507億円。画廊・ギャラリー(857億円)に次いで2番目の規模だ。百貨店にとっては存在感を示せる商材で、特に現代アートは今後顧客基盤を広げたい20〜40代とインバウンド客の両方を取り込こむことができる。作品にもよるが粗利益率も2〜4割程度とみられ、15%程度とされる食品を上回る。

その中で各社は様々なアプローチで、これまでアートになじみのなかった消費者を取り込もうとしている。大丸松坂屋百貨店は、22年1月に現代アートに特化したウェブサイト「アートヴィラ」を開いた。経営者や建築家、料理家といったアート以外の分野のクリエイターが作品を紹介する。

例えば、国際博覧会(大阪・関西万博)でパナソニックのパビリオンを担当する建築家の永山祐子氏がアートに興味を持ったきっかけやおすすめの作品について語るなど、鑑賞者の視点で構成する。事業を担当する村田俊介氏は「これまでアートに関心がなかった人にも興味を持ってもらえる」と狙いを話す。

サイトの主な利用者は30〜40代で、外商顧客とは異なる層だ。同サイトで抽選販売している作品の価格帯も10万円以下から1000万円前後と幅広い。「アートへの『入り口』を広げることで、鑑賞から購入につなげたい」(村田氏)

22年11月には、リアルの販売会も催した。価格帯は5000円台〜1600万円で、バンクシー作品の版画から若手作家の作品まで全128品をそろえた。DJによる演奏や映画の鑑賞会といったイベントも開き、アート以外の芸術分野に関心を持つ層も取り込んだ。

大丸松坂屋百貨店では美術品における現代アートの売上高比率が10年代の10%台から23年2月期は35%まで拡大する見込みだ。沢田太郎社長は「アートは百貨店がまだ十分戦える領域だ」と話す。今後、日本の工芸品や食文化を含めたアート事業全体で300億円規模の売上高を目指す。

三越伊勢丹ホールディングスは一般の顧客が選んだ作品を集めた販売会を22年11月に初めて開いた。作家の選定から交渉まで、三越伊勢丹HDの顧客が担当。3万〜20万円の価格帯で、全13人の作家の作品を展示・販売した。伊勢丹新宿店(東京・新宿)でアートギャラリーを担当する成田亜由美氏は「これまでは西洋画や日本画など伝統的な分野でギャラリーを構成してきた。今後もお客さんの『推し』を展開して、(アートへの)ハードルを下げたい」と話す。

そごう・西武は22年9月、西武池袋本店(東京・豊島)に若年層をターゲットとした売り場「アートカプセル+(プラス)」を設けた。2階の化粧品や婦人雑貨と並ぶオープンな空間に若手作家の作品を展示する。売り場を運営するのは20代の社員で、SNSなどで作家を発掘して販売する。2人組アートユニット「MOTAS.」の作品を展示した初回は、全16作品が完売した。

一方で、西武渋谷店(同・渋谷)が開くグループ展「シブヤスタイル」は若手作家の「登竜門」として知られる。「アートの試食ができるデパ地下のような位置づけ」でアートの面白さを伝えるため07年に始めた。アートディレクターの寺内俊博氏らが芸大生など10〜20代を中心としたアーティストを自分たちの足で発掘し、展示・販売する。

海外で日本の現代アート販売も

日本の現代アートはアジア圏を中心に海外でも注目を集める。アートギャラリーA4の朝倉禅代表は「台湾を中心に日本のアニメや漫画文化への関心は高い。日本のアートが知られないまま埋もれてしまうのはもったいない」と話す。

高島屋は1月11〜20日に在シンガポール日本大使館ジャパン・クリエイティブ・センターと共同で日本の現代アート作家、松浦浩之氏と林茂樹氏の二人展を開催した。同社が東南アジアで美術展を開くのは初めての試みだ。売り上げ目標には未達だったが、「シンガポールを中心にアジアの顧客へ日本の現代アートを知ってもらえたことには手応えを感じた」(美術部の松藤彩課長)。

かつて大衆への文化の発信拠点として繁栄した百貨店。アートの裾野が富裕層から中間層へ広がるなか、現代アートは百貨店再興のカギを握っているのかもしれない。

日本、市場振興策必要に

スイス金融大手のUBSと世界最大の美術見本市「アートバーゼル」による調査では、2021年の世界の美術品売上高は前年比29%増の651億ドル(約7兆8千億円)だった。日本の市場規模は約2100億円とされ全体の3%にとどまる。
欧米を中心に美術品の売買が活発なのは、税制が整っているためだ。米国や英国では、美術品を相続する際に一般公開したり、美術館に寄付したりすることを条件に、相続税を免除する制度が整備されている。美術品の購入は、富裕層を中心に資産形成に組み込まれている。
日本では、こうした美術品に関わる制度の設計が進んでいない。文化庁は「株式や不動産だけでは資産の受け皿になれない」として、国際的な展示会の開催などアート産業の振興を急いでいる。
一方で、美術品の市場拡大には注意点もある。日本ではバブル期に美術品の投機売買が過熱。バブル崩壊後に投機熱が沈静化した結果、印象派などの著名な作品が国外に流出した。文化庁の林保太氏は「価値ある作品が適切な価格で流通する市場ではなかった」と振り返る。健全な市場形成には、企業によるアートの敷居を下げる取り組みと合わせて、公的な鑑定制度など、美術品を適切に流通させる基盤作りが欠かせない。
(平岡大輝、佐藤優衣)