フランスのパリは「19世紀の首都」として知られ、日々、そのように感じる。筆者は19世紀のオスマン通り(編集注、セーヌ県知事のジョルジュ・オスマンが率いたパリ大改造で整備された)に住んでいる。徒歩という有史以前の技術を使っていないときには、19世紀後半の発明品で街中を移動する。同じサイズの車輪が2つ付いた自転車だ。ここに暮らしたことで、街にとって20世紀がガラクタだったことに気づいた。
特に欧州では各地の都市が今、自動車の排除にとどまらない様々な形で、まるで下手に張られた壁紙かのように20世紀の痕跡をはがしている。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)後の都市の理想は、21世紀の機能向上を備えた19世紀の街を洗練した形だ。
前世紀の初めに都市は運命的な悪い選択をした。競合する新たな車両を2つ与えられ、クリーンで安く、コンパクトな安全型自転車よりもガソリンで動く自動車を選んでしまった。そして1903年に、強化コンクリート建築の初の超高層ビルが米オハイオ州シンシナティに建った。
コンクリートは近代の街がなぜ醜いのかという厄介な疑問に答えるのに役立つ。20世紀に入る前は、例えばパリの石灰石など、地元でとれる低炭素で有機的な建築資材のおかげで住宅が景色に溶け込んだ。また不動産デベロッパーが高層建築の技術を手に入れる前は、建物は人間のスケールで、歩行者の視界におさまるくらい小さかった。細部まで美しさが施されたオスマン建築の6階建てビルを思い浮かべるといい。
だが、20世紀になると、表面が一様に平らなコンクリートとガラス製の高層ビルが登場した。筆者の知り合いで英イングランドのニュータウンで育ったある女性は、醜悪さのなかで暮らしたせいで、幼少期が幸せでなかったことに後になって初めて気づいたと話す。
自動車と地下鉄が都市を拡大
自動車と地下鉄のおかげで都市は無秩序に広がることができ、そのため通勤が考案された。特に米国では、都市計画法が家庭と仕事と娯楽の場を分離した。都心は夜と週末に空っぽになった。
そして今、我々は悪い近代性を捨てて18世紀の在宅勤務に戻っている。米国では現在、フルタイムの有給労働時間の約30%が在宅で行われており、ハイテク都市ではその比率がもっと高い。通勤の減少に伴い、自動車の禁止が容易になっている。欧州の多くの都市では、自家用の電気自動車(EV)でさえ歓迎されない。あまりに多くのスペースをとるうえに、車両の生産が過剰な二酸化炭素(CO2)を生み出すからだ。
自動運転車の普及は、恐らく遠い先のことだ。しかし、持続可能な都市部モビリティーの展示会を主催するオートノミーの創業者、ロス・ダグラス氏は、都市にはまもなく規定のルートを走るようプログラムされた無人運転バスが登場するとの見方を示す。
活気に沸く英ロンドン、パリ、米ワシントンでは、パンデミックの前から地下鉄の利用が減っていた。地下鉄は今でも、郊外から市内へ人を運ぶのに便利だ。だが、こうした交通システムが地下に建設されたのは、道路は自動車のために存在するというのが前世紀の固定観念だったからだ。そして地下での移動を好む人はいない。

街の中心部で人を運ぶことにかけては、地下鉄は今、かつてないほど住みやすくなり、実際に人が暮らす今日の中心街を楽しめる自転車に負けている。現在進められている総工費360億ユーロ(約5兆円)のパリ地下鉄拡張計画は、西側での最後の大型地下鉄プロジェクトになるかもしれない。今後の街はただ、電動自転車を全員に与えるだろう。
最も先進的な交通インフラを備えた2大地域である西欧と中国では、都市間の移動さえもが19世紀に戻り、鉄道が飛行機に取って代わっている。欧州全土で高速鉄道の国際路線が続々と開通する予定で、特に鳴り物入りでパリ―ベルリン路線が設けられる。ただ悲しいことに、新たな入国審査手続きのためにロンドンは支線の駅に成り下がる。
自動車のない都市、欧州で可能性
自動車のない新たな都市の理想は、車より前に建設され、今では余剰になりつつあるニューヨーク風の高層オフィスビルが少ない欧州の街で最もうまくいくはずだ。欧州以外の多くの都市は20世紀モードから抜けられず、しかも当時より多くの車に悩まされる。筆者は10年前、ブラジルの好況の絶頂期にサンパウロの市民団体幹部に、富の拡大で都会の生活は向上したんですよねと質問したことがあった。すると、ノーという答えが返ってきた。ただ単に交通渋滞と公害が増え、子供たちが外で遊べなくなっただけだという。
昨年のサッカー・ワールドカップ(W杯)は開催地のカタールで過ごした。高速道路とオフィスタワーから成る20世紀風の都市を建設し終えたばかりだったが、カタールの王族の宮殿でさえ、筆者が暮らす平凡なオスマン建築のビルほど美しくないと思う。
うまくできれば、21世紀は都市機能を向上させる。WiFiはカフェや公園、ビーチさえをも仕事場に変えた。マッチングアプリの「ティンダー」やビジネス向けSNS(交流サイト)の「リンクトイン」は人を紹介してくれるし、グーグルマップは人を見つける助けになる。
だが、今日の最も素晴らしい街の最も素晴らしい物理的要素は我々の祖先によって建築された。19世紀に労働者階級が暮らした地区が今、億万長者の羨望の的になっている。近代性は往々にして都市を悪くするだけだ。イノベーターにとっては、謙虚な気持ちにさせられる話だろう。
By Simon Kuper
(2023年2月9日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)
コメントをお書きください