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相続節税、不動産活用に逆風 「借金で税額ゼロ」難しく 点検 相続節税(4)

「先生、最高裁判所の判決はご存じですよね」。東京都内のある税理士は昨年末、顧客の相続税調査で税務署の担当者からこう尋ねられた。調査を受けたのは2021年に不動産を活用して相続税を大幅に減らした案件。最高裁が22年4月に国税庁による追徴課税を「適法」とした事例と手法がほぼ同じだったため、「修正申告を暗に求められているようで、ドキッとした」と振り返る。

最高裁で争われたのは被相続人が生前に多額の借入金で賃貸不動産を購入し、相続が発生したら課税対象となる財産の評価額を減らす手法。相続税の基礎控除である「3000万円+600万円×法定相続人の数」を下回れば、税額はゼロと申告できる。最高裁の事例で税務当局は申告された評価額が低すぎるとして追徴課税し、最高裁もこれを認めた。

土地・建物を評価減

ただし「相続節税で不動産を活用するのは珍しくない」(辻・本郷税理士法人の浅野恵理税理士)。現預金を相続すると金額がそのまま課税上の評価額になるが、土地や建物は評価額を減らせる仕組みになっているからだ。

借り入れで土地を取得し賃貸マンションを建てた場合でみよう。まず相続する土地を評価する際は通常、「路線価」を使う。路線価は国税庁が毎年7月に公表する主要な道路に面した土地の1平方メートル当たりの価格で、時価(公示地価)の80%を目安に決める。購入時から時価が変わらなければ評価を約20%減らすことができる。

賃貸物件がある土地は「建物に入居者がいて利用が制限される」(税理士の藤曲武美氏)との理由から、借地権と借家権を反映して評価額を下げられる。一定の条件を満たせば「小規模宅地等の特例」も利用でき、貸付事業用の土地は評価額を50%減らせる。建物は固定資産税で評価し、評価額は建物価格の60%程度が目安とされる。賃貸している場合は借家権の分を差し引くことができる。

さらに相続税の節税効果を大きくするのが借入金だ。相続の際に借入金がある場合は相続財産全体から差し引く「債務控除」という仕組みがある。借り入れで取得した不動産だけでなく、例えば現預金や有価証券、自宅といったほかの財産も含めて相殺できる。

過度な節税にクギ

最高裁判決の事例でもこうした手法を活用している。被相続人は09年に手元資金と借入金約10億円で2棟の賃貸マンションを購入し、購入価格は土地・建物の合計で約13億8000万円だった。被相続人が12年に90代で亡くなると、相続人はマンションの評価額を約3億3000万円と購入価格の約24%の水準に設定。さらに借金分を相続財産全体から引き、相続税の税額はゼロと申告した。

これに対し税務当局はマンションの評価額が実勢価格に比べ低過ぎるうえ、やり方が全体に「著しく不適当」と判断。マンションを約12億7000万円で再評価し約3億円を追徴課税した。最高裁は借り入れで大幅な評価減が可能な賃貸不動産を購入したことを「実質的な租税負担の公平に反する」としており、税理士の間では「多額の借り入れによる節税はやりにくくなる」との見方が多い。

不動産の時価と評価額の差を利用する方法にも逆風が吹く。政府は昨年末にまとめた23年度税制改正大綱でマンションの時価と評価額の乖離(かいり)について「適正化を検討する」と明記した。国税庁は早ければ23年内に具体策を打ち出す可能性が大きい。

特に影響を受けそうなのがタワーマンションを活用した節税だ。タワマンは総戸数が多いため相続時に土地の1戸当たり評価額が小さくなりやすく、建物部分も高値で売買される高層階ほど時価に比べ低くなる傾向がある。相続節税のためあえて高層階の部屋を購入する例が富裕層を中心に増えているが、今後は大幅に節税することは難しくなる可能性がある。

では納税者はどうすべきか。ランドマーク税理士法人の清田幸弘代表税理士は「不動産の取得目的が節税に限定されると判断されないようにしたい」と話す。相続まで間もない高齢者が購入したり、相続直後に物件を売ったりすると疑われやすい。「評価額が時価の30%を下回ると過度な節税として当局の心証を悪くしかねない」とみる税理士も多い。

(後藤直久)