米メタの正式社名はメタプラットフォームズ。メタバース(仮想空間)のプラットフォームを提供するとの意図が込められているが、この分野でメタに先行する大手クラウド事業者がある。米GAFAのライバルである中国勢BATの一角、騰訊控股(テンセント)だ。
BATを構成する百度(バイドゥ)、アリババ集団、テンセントはいずれも、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)やマイクロソフトアジュール、グーグルクラウドに相当するパブリッククラウドを手掛けている。中国国内では政府が外国企業によるクラウド提供を制限していることもあり、BATのクラウドは特に中国市場でシェアが高く、近年は海外にも展開を進めている。
BATはいずれも、仮想マシンをはじめとするIT(情報技術)インフラを提供するIaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス)だけでなく、データベース(DB)やビッグデータ分析、人工知能(AI)といったプラットフォームを提供するPaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)も手掛けている。その技術水準は高く、AWSのアマゾンオーロラに相当する独自開発の分散RDB(リレーショナルDB)サービスを3社いずれも提供しているほどだ。
聞いたことのない機能ばかりに驚く
そうした背景があったため、テンセントが2022年12月中旬に東京都内で「Tencent Cloud Day 2023」というクラウドのイベントを開催した際も、そのイベントに参加した筆者は、直前に米国で開催された「AWS re:Invent(リインベント)2022」のような内容の話が聞けるのだろうと予測していた。しかし筆者の予測は、良い意味で裏切られた。テンセントが発表したテンセントクラウドの新機能が、AWSやマイクロソフトアジュールなど他のクラウドでは聞いたことのないものばかりだったからだ。
「仮想世界ソリューションに、アバターの開発キットを追加する」「アバター画像は写真から自動的に生成可能」「テンセントが独自開発した軽量のCGレンダリングエンジンがあるため、ユーザーはユニティやアンリアルエンジンなど外部のツールを使った開発が不要」「ボイスチャット、ビデオチャット向けのプラットフォームサービスには美顔機能が搭載されている」「想定アプリケーションは、アバターを使ったカラオケアプリや、仮想世界を使った展示会アプリなど」――。
つまりテンセントクラウドは、CGによって構成された仮想世界でアバターになったユーザーが交流できるコミュニケーションアプリが構築できる仮想世界ソリューションを、PaaSとして提供しているのだ。
仮想世界を構成する建物などの構造物やアバターなどを開発するツールもテンセントがサービスとして提供する。仮想世界には、アバター同士の会話の臨場感を高める「3D音声」の機能も搭載されており、アバターが発する音声はアバターが立つ位置の方角から聞こえてくる。
仮想世界アプリにボイスチャットやビデオチャットを実装する機能も提供されていて、ビデオチャットにはユーザーの顔写真を見栄え良くする美顔機能が存在する。既に中国には、テンセントクラウドの機能を使うことによって、カラオケアプリやゲームアプリ、パーティーアプリなどを開発した企業も複数存在するのだという。
筆者はテンセントクラウドのことを、AWSやマイクロソフトアジュールの競合サービスだと認識していた。実際にそういう側面があり、テンセントクラウドは業務アプリケーションの基盤としても利用可能だ。それに加えて、エンターテインメント分野のPaaSを充実させて、AWSなどとは違う市場を狙っていたのだ。
クラウドゲーミングから進化
テンセントはもともと、クラウドゲーミングのプラットフォームサービスを提供していた。ゲームアプリケーションのプログラムをクラウド側で実行し、ユーザーのスマートフォンやタブレットにはゲームの画面だけを転送するクラウドゲーミングの仕組みを、サービスとして提供する。現在の仮想世界ソリューションは、これの進化形である。
テンセントがクラウドゲーミングのサービスを提供するのは、同社が中国におけるゲーム最大手であることを考えると理にかなっている。そして多人数参加型のゲームが仮想世界、メタバースへと進化するのも自然だ。テンセントクラウドは既に、メタバースのプラットフォームとしての先行投資が進んでいたのだ。
筆者はメタがフェイスブックから社名を変更し、メタバースに注力し始めたのを不思議な思いで眺めていた。しかしテンセントのプラットフォームの完成度を見て、メタ最高経営責任者(CEO)のマーク・ザッカーバーグ氏の焦りが理解できた気がする。
既に中国では、若者のオンラインコミュニケーション活動が仮想世界に移り始めており、そうした仮想世界をテンセントなど競合のプラットフォームが支えていた。こうした状況を座視してはいられない。ザッカーバーグ氏がそう考えても不思議ではない。
現状ではテンセントクラウドの仮想世界ソリューションは、実績でも完成度でも先行しているように映る。汎用のIaaSやPaaSも提供しているため、アプリのバックエンドをすべてテンセントクラウドだけでカバーできることや、法人顧客向けの販路を既に持っていることも強みだろう。
テンセントクラウドはメタにとって、競合というよりはお手本だといえるだろう。テンセントクラウドはクラウド市場において、AWSやマイクロソフトアジュールとは違う戦い方があるのだと筆者に教えてくれた。
(日経クロステック 中田敦)
[日経クロステック 2023年1月20日付の記事を再構成]
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