新型コロナウイルス感染症による国境規制の解除を中国政府が決め、インドネシア・バリ島のサヌールビーチで土産物を売るコマン氏は、これ以上ないほど喜んだ。中国での感染者急増についても「ワクチン接種は済ませた。接触も気にしない」と意に介さない。
1月9日、東南アジアで中国人にもっとも人気の高い旅行先だったタイに、コロナ後初の直行便が200人以上の乗客を乗せて到着した。タイの保健、運輸、観光大臣が笑顔で花飾りを持って歓迎した。アヌティン・チャーンウィーラクーン保健相は「タイが3年間の損害から回復する機会になる」と力を込めた。
同日朝、タイ当局は両国のワクチン接種率が十分でタイの感染者数も少なく、「不便」なことを理由に、中国からの入国者へのワクチンや医療保険の義務づけをやめると発表した。一方、日本、オーストラリア、米国など十数カ国が中国人入国者への検査と隔離を始め、韓国は短期滞在ビザの発給を一時停止した。
観光客が東南アジアに戻ってきてしばらくたつが、中国人が戻らない限り、業界の復活は望めない。
ドイツの調査会社スタティスタによれば、中国人観光客は2019年に海外で2540億ドル(当時のレートで約28兆円)を消費し、その多くは東南アジアだった。1人当たりではインドネシアで1114ドル、タイは1467ドルだ。コロナ前の東南アジア訪問者の22%は中国人だった。
世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)の最新統計によれば、観光業はインドネシアで約1100万人、フィリピンで800万人近く、タイで約700万人を雇用する。シンガポールの格安ホテルチェーン、レッドドアーズの創業者、アミット・サバーワル氏も「中国人観光客は旅行業界を支える存在だ」と語る。
ベトナムの格安航空会社(LCC)ベトジェットエアは、中国便の運航を6月までに完全復活させる計画だ。さらに、年末までにコロナ前比で路線網を20~30%増やすという。コロナ前、同社は両国間で運航する全供給座席数の最大50%を占めていた。
インドネシアでは観光・創造経済相のサンディアガ・ウノ氏が、中国国際航空、中国南方航空、中国東方航空などの中国の航空会社が、バリ直行便の許可を申請していると明かした。マレーシア航空は、中国・北アジア向け路線の輸送能力を、23年前半までに復活させたいとしている。
過熱する動きに対し、慎重に構える向きもある。春節の直前に中国が国境再開を決めたため、ビザの発行、パスポートの更新、航空便やホテルの収容能力を増強する時間がほとんどないとみられるためだ。
タイで旅行代理店を経営するプナポーン・ウォンジュンペン氏は「提供できる以上のことが求められている。一部のホテルは営業を再開していないし、中国語を話すバスの運転手や旅行ガイドは、すでに教師など他の仕事に就いてしまっている」と話す。タイ旅行代理店協会で中国専門だった複数の会社は休業中で、今も様子見だという。
タイ小売り大手セントラル・グループのセントラル・ロビンソン・デパートメントストアーズのオリビエ・ブロン最高経営責任者(CEO)は「これほど早く中国人観光客が戻ってくるとは思っていなかった。回復は4~6月期に始まるとみていた」と打ち明ける。
それでも期待は大きい。中国の大手オンライン旅行会社トリップ・ドットコムグループによれば、かつて人気だった旅行先の検索数が大幅に増えているという。日本、タイ、韓国、米国、英国、シンガポール、マレーシア、オーストラリアがもっとも検索されている。そうした空気をとらえ、トリップ・ドットコムの中国語プラットフォーム、携程旅行網は、22年のキャンペーンで20カ国で使える旅行割引券10億元(約200億円)分を配布した。
もっとも、便数が限られており、運賃も高いため、海外に行くのをためらう人たちもいる。コロナから回復したばかりの深圳の主婦、カオ・リンナ氏は「動かずにじっとしているつもりだ。近くには行くかもしれないが」と語った。
中国交通運輸省は1月、23年の旅行者数は19年の7割程度にとどまると発表した。英航空情報会社OAGによれば、中国―東南アジア間の航空便の週間座席供給数は19年の同時期に比べて30%少ない状態だ。
ただし、東南アジアの収容能力が需要に追いつけば、より多くの中国人観光客を期待できそうだ。27歳のジャスパー氏は、中国南部からタイへ向かう便をいち早く予約し、コロナ前の価格の約3倍にあたる1千ドル超の運賃を支払った。
同氏は「外国に3年行かなかったので、少し怖い」と話す。コロナ前の最後の旅行は、19年12月の日本だった。今回は規制がある日本ではなく、住んでいたことのあるバンコクを選んだ。それでも、3年間出国できなかったので文句を言うことはない。「正直に言えば、再び現金を使えることに興奮している」
(ジャカルタ=柴田奈々、香港=姚柏穎、バンコク=フランチェスカ・レガラド)
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