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インフレ4%「新常態」も 米国版エディター・アット・ラージ ジリアン・テット

1月16~20日に開催された世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)で、米不動産サービス大手ジョーンズラングラサール(JLL)のクリスチャン・ウルブリック最高経営責任者(CEO)はほかの経営者たちと同様、混迷した世界を読み解こうと会場をくまなく回った。

そこでわかったことの一つは、世界のCEOが将来の成長について驚くほど楽観的なことだった。もう一つわかったのはインフレに対する考え方ががらりと変わったことだ。

ダボスに集まるエリートは従来、2%の物価上昇率が正常だとみてきた。この数字を中央銀行がインフレ目標として織り込んできたからだ。ところが今、「ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に関して数多くのトレンド」が存在するため、「インフレ率は恒常的に5%前後で高止まりする」という。

ウルブリック氏は「金利も5%前後で推移する」と予想し、これが不動産価格を押し下げると指摘する。言い換えれば、同氏やその仲間にとっては、4%(ないし5%)が新たな2%だということだ。

投資家は注意すべきだ。1月半ば、世界の債券市場をみると2022年の高インフレは終わる兆しが出たようにみえた。

例えば10年物米国債の利回りは、米消費者物価指数と米生産者物価指数の伸びが鈍ったと報じられた後に3.3%前後まで低下した。また米国債の価格動向をみると、金利サイクルの転換に伴い、24年はインフレがさらに後退しそうだ。

一部の投資家にとっては、こうした見方は理にかなう。例えば米運用会社のグッゲンハイム・インベストメンツのアン・ウォルシュ最高投資責任者(CIO)は「(供給のボトルネックなど)多くのインフレ要因がここへ来て急激に解消されてきている」ため、米国のインフレ率は23年末までに3%を割り込むとみている。

そうかもしれない。だが、こうした意見は少数派のようだ。ダボス会議参加者の大半は、世界が22年のようなインフレショックや2ケタのインフレ率に見舞われるとは考えていないが、19年以前のような超低インフレとゼロに近い金利が続く状況への回帰も想定していないからだ。基礎的条件が変わったのだ。

なぜか。要因の一つは中国だ。1月初めには、世界経済フォーラムの企画担当者は、中国政府が今年ダボスに代表団を送ってくるかどうかさえ疑っているようだった。

だが、今回のダボスでの一つのサプライズは中国の劉鶴(リュウ・ハァ)副首相が公の舞台で演説し、中国が世界に再び門戸を開き、再びかかわっていくと強調したことだった。非公式な夕食会では、劉氏はこのメッセージをさらに力強く強調した。これが世界経済の成長に対する経営者の楽観論を強めた。

一方で、石油収入を原資とするノルウェー政府年金基金の運用機関のトップ、ニコライ・タンゲン氏が言うように、問題は中国の復帰が「世界のインフレの今後について、非常に大きな不確実性」をもたらすことだ。

10年前、中国は世界のデフレ要因だった。今では逆にコモディティー(商品)需要、そして世界の物価を押し上げる公算が大きい。

2つ目の問題はサプライチェーン(供給網)だ。今年のダボス会議で、大半の経営者は米政府が意図しているような米中デカップリング(分断)はあまり起きないとみている。あるハイテク企業のCEOは「とにかく現実的ではない」と語る。

だが、ほぼすべての企業が将来のショックを見越し、柔軟性とレジリエンス(強じん性)を高めるためにサプライチェーンを再編していることがダボスの議論から浮き彫りになった。

これは必然的に、中長期的なコスト増大につながる。製造業のあるCEOが言うように「生産をどこへ移したとしても、移管先の人件費が高い」ためで、これは数年がかりのプロセスになると同氏は強調する。

 

 

 

3番目の問題は環境だ。昨年、ESG(環境・社会・企業統治)運動に右派が反発したことで、一部の経営者(特に米国が本拠地か大手銀行を経営している人、または両方に該当する経営者)はESGの実績をうたうことに慎重になった。環境問題について口をつぐむ「グリーンハッシング」が進行中だ。

しかし、脱炭素への取り組みから手を引く企業はほとんどないようだ。逆に、企業は取り組みを加速させている。特に米国では、論争を巻き起こしているインフレ抑制法の成立を受けて急速に進んでいる。

環境活動家は、再生可能エネルギーのコストが低下しているため、脱炭素化は長期的にデフレ圧力になると考える(あるいは願う)傾向がある。確かに、そうなるといい。

だが短期、中期的には、大半のCEOはこの転換をもう一つの大きなコスト圧力だとみている。低炭素社会への移行に必要な資源と人材が不足しているからだ。この指摘は正しい。

そして4つ目のわかりにくい要因が「時代の空気」だ。大半のダボス参加者は最近まで、自分たちは国際競争で人件費と製品のコストを容赦なく抑え込める自由市場の世界に暮らしていると考えていた。

しかし、ロシアのウクライナ侵攻と米中関係の緊張、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)、社会不安が世界に新たな政治経済の流れを生み出している。政府の介入が増え、労使が一層対立し、保護主義の脅威が絶えない世界だ。

 

 

 

これがいつまで続くのか、CEOたちにも分からない。だが、経営者はいみじくも、短期のみならず中期的にも、この新しい枠組みのあらゆる要素がインフレをもたらすと感じている。

もちろん、この見通しには少なくとも一つ、重要な不確定要素がある。米連邦準備理事会(FRB)のような中央銀行が2%のインフレ目標を掲げ続けたら、この先、目標を実現するような形で経済活動を押しつぶすかもしれないということだ。

だが、ダボスに集まったエリートが「4%が新たな2%」だと考える時期が長引けば、政治、経済双方の意味でFRBの仕事は難しくなるだろう。

別の言い方をすれば、世界が過去のような低インフレ時代に戻ることに今賭けている債券投資家らは、新たな政治経済の性質を無視しているのかもしれない。今は景気循環ではなく構造的な変化の節目にあるかどうかに目を向ける必要がある。