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受験システムに適応しすぎない 教育ジャーナリスト おおたとしまさ

中学受験の過熱は新型コロナウイルス禍を経てさらに強まっている。一斉休校で公立校への不信感が募り、「公立離れ」によって私立中学受験の裾野が広がったと感じる。トップ層の大学への足がかりとしての受験とはニュアンスが変わり、「負け組」にならないための中学受験も過熱しているようにみえる。

いわゆる団塊ジュニアの親世代は浪人も珍しくない厳しい受験競争、就職氷河期を経験してきた。社会人になってからも日本経済は右肩下がりで、将来を楽観視できない。自らの不安が我が子への教育熱につながる。

最難関の中高一貫校から東京大学に進むという学歴社会の「華々しい王道」は実は大手進学塾「SAPIX」、東大に多くの合格者を出す「鉄緑会」という特定の塾に下支えされている。私はこうした状況を学歴社会の裏構造として「塾歴社会」と呼んでいる。

近年は経済格差と教育格差の関係が指摘されることが多いが、SAPIXも鉄緑会も授業料が他の塾と比べて高いわけではない。塾歴社会という言葉そのものに家庭の経済的格差が学歴の格差を生むという構図を指す意図はない。

塾は不安な親のニーズに応えているだけであり、塾の存在が学歴主義を生んでいるわけではない。塾を批判するだけでは何も始まらず、自分たちの中にある学歴主義をいかにやめるかが大事になる。入試で測れる力を過大に評価し、大学名のラベルに頼った採用選考から抜け出せていない企業の側がそもそもの問題だ。

日本の受験システムはペーパーテストのインプット、アウトプットのうまさが物を言う。このため、大量の課題をこなす処理速度と忍耐力、そして「与えられた課題に疑いを持たない能力」という3つの"素質"のある子どもが有利になる。

親の役割はこの受験システムに子どもを過剰適応させないことだ。たとえ「疑いを持たない能力」が足りなくて点数が取れなくてもそれでいい。本人が納得できるやり方で進める学校に堂々と行こうと言ってあげる。受験に対する距離感を持ってほしい。私も受験熱に冷や水を浴びせられるように情報発信を続けたいと考えている。