· 

1泊100万円超、富裕層向け客室拡大 帝国ホテルや興和

国内のホテルが外国人富裕層の取り込みを本格化する。帝国ホテルは賓客向けに利用していた部屋を1泊140万円で一般販売し、興和グループは2025年春に名古屋市で開業する新ホテルに約300万円の部屋を設ける。人手不足で宿泊客の受け入れ体制の拡大が難しい中、富裕層を通じて1人当たりの観光消費額を高める動きが広がりそうだ。

帝国ホテルは月内にも1室当たりの1泊料金(朝食付き)が140万円からの宿泊プランを一般販売する。設計した建築物の多くが世界遺産に指定され、海外でも人気が高い建築家フランク・ロイド・ライト氏の意匠をこらした帝国ホテル東京(東京・千代田)のスイートルームを用意し、点茶体験もセットにすることで日本文化や近代建築に興味を持つインバウンド(訪日外国人客)を取りこむ。

4人まで宿泊できるこの部屋は帝国ホテル東京に1室しかなく、普段は国家元首ら国内外の賓客にのみ提供している。販売プランでは客の要望に応える専属のコンシェルジュもおり、東京観光に関する相談にも対応する。販売期間は24年3月宿泊分まで。

興和グループが計画するエスパシオ ナゴヤキャッスル(仮称)

興和傘下のエスパシオエンタープライズは25年春に開業する「エスパシオ ナゴヤキャッスル(仮称)」で国内最高水準となる1泊300万円程度の部屋を設ける。サービスの詳細は今後詰めるが、部屋の面積は中部地方最大級で、海外の要人の宿泊を想定する。108部屋のうち、スイートルームは30室で100万円台や200万円台の部屋も用意する。国際会議で使える広い宴会場や、会員制バーやプール、フィットネスジムなど「五つ星ホテルにある設備は全て付ける」(興和の三輪芳弘社長)。

エスパシオは20年9月に閉鎖したホテルナゴヤキャッスル(名古屋市)の跡地で計画され、城を模した外観で天守閣風の屋根を備え、名古屋城を一望できる。名古屋市と愛知県は「スイートルームの設置を総客室数の5%以上にする」などの条件を満たせば、10年間で最大20億円の補助金を支給し、エスパシオも対象となる。今後はこの補助金を活用し、米ヒルトンの最高級ブランド「コンラッド」などの開業も控える。

日本の宿泊施設はかねて客室数や稼働率を重視し、富裕層の取り込みが遅れている。米調査会社STRが2007年の各国の平均客室単価(ADR)を100として、21年と比較すると米・英は120、110と上昇する一方、日本は73にとどまっていた。

観光庁によると、19年に欧米豪5カ国と中国から日本を訪れた富裕層(100万円以上消費した人)の観光消費額は5523億円。全体の約11.5%を占めていた。富裕層向け旅行の商談会を手掛けるインターナショナル・ラグジュアリー・トラベル・マーケットの報告によると、世界の海外旅行市場では約4割が富裕層の消費との試算もある。日本の観光産業は単価引き上げの余地が大きい。

日本政府観光局によると、政府の水際対策の緩和で22年12月の訪日客数は137万人で19年同月の54%。100万人を超えたのは20年2月(約108万人)以来で回復傾向にある。ただ、急な需要増で人手が追いつかず、帝国データバンクの10月の調査では「旅館・ホテル」業で正社員・非正社員ともに人手不足を感じる企業の割合は65〜75%台に上った。人手不足の中で観光収入を伸ばすには、量から質への転換が欠かせない。

国内ではオリックスが23年に最上級の旅館ブランド「佳ら久」を静岡県熱海市に開き、湯布院(大分県)など代表的な温泉地での展開を検討する。ロイヤルホテルはリーガロイヤルホテル(大阪市)の土地・建物をカナダ系の不動産投資会社に売却。そのうえで英インターコンチネンタル・ホテルズ・グループ(IHG)とも提携し、「リーガロイヤルホテル(大阪)―ヴィニェット・コレクション」として25年にリニューアルする計画を示すなど、富裕層を意識した動きが相次ぐ。

22年4月にはANAホールディングスや日本旅行などが連携して富裕層向け旅行の実証事業を始め潜在需要を探ってきた。2月からは受け入れに向けて数千万円のツアーも準備中だ。日本旅行業協会の高橋広行会長(JTB会長)は「高いホテルや移動のためのヘリコプターを用意するだけでなく、文化体験や学習など精神的な欲求も満たさなければならない」と指摘。ハード、ソフト両面で取り組みが求められそうだ。

(梅野叶夢、佐伯太朗)