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料理研究家 土井善晴(1) 仏のシェフから頂いたペーパーウエイト

1980年、リヨンから車で約1時間、人口1500人ほどのロワイエット村に、私が仕事をしたレストラン・ラ・テラースはありました。私はまだフランス料理、いや料理って何かさえわかっていなかったのです。

 

こんな何もないところにお客さんは来るのかなと思っていましたが、週末にはちゃんと満席になるのです。お客さんで賑(にぎ)わうと、村の女性が黒いコスチュームに白いエプロンをつけて、嬉々(きき)としてサービスするのです。

秋、狩猟が解禁になると村の男は森に入って、山しぎ(べカス)、つぐみ(グリーブ)や雉(きじ)(フェザン)を散弾銃で打ち、レストランに持ち込んでくるのです。シェフは野鳥の腸を抜きとり、石造りの部屋にぶら下げて熟成を待ち、一週間もするとお尻あたりの匂いをクンクン嗅いで、熟成具合を確かめます。

いい匂いがすれば、さっそく友人に電話で知らせ、調理場全員で、光の入る大きな調理場で車座になって、野鳥を膝に乗せて羽むしり。すると鉄砲の玉がカチンと出てきました。

毎日配達されるミルクを鍋にこし入れ、火入れ、そのままの流れで、搾りたてのミルクがアイスクリームになるのです。レタスを直接畑から取って、内側の柔らかいところをサラダにして、外側の固い葉っぱは白いウサギの餌にしました。ウサギはときどきテリーヌになりました。レストランの隣に教会があって、お昼前になると、神父さんが手提げカゴを持って来るので、サンドイッチなどを入れて渡しました。

 

アントナンさんが来日した際にお土産にもらった

アントナンさんが来日した際にお土産にもらった

休憩時間の調理場はのどかでシェフの子供たちの遊び場になりました。休みの日、黒沢明の「影武者」を見に、シェフの家族とリヨンの映画館に行きました。

オーナーシェフのアントナンさんの生活は、暮らしと仕事の区別がなくて、暮らしの中に仕事がありました。リヨンの市場に行くとき、黒いロングコートに白くて長いストールをかけてとってもおしゃれでした。車を運転しながら「レストランはいつも儲(もう)かるわけじゃない」と言いました。

おいしいものは、その土地の風土と土地に住む動物と家族みたいな友人たちがぜんぶつながるところにあると、今の私なら言いそうなことを、この時体現していたのだと思います。来日した際にお土産にもらったペーパーウエイトを今も大切にしています。

 

どい・よしはる 1957年大阪府生まれ。スイスやフランス、日本での修業を経て料理研究家に。NHK「きょうの料理」などのテレビ出演で知られる。2022年文化庁長官表彰。著書に「一汁一菜でよいと至るまで」など。