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テクノロジーの行方(中) Web3振興へ実験自由に 坂井豊貴・慶応義塾大学教授

1年前には4万ドルを超えていたビットコインの価格は2万ドル前後で推移している。それでも暗号資産(仮想通貨)の中では健闘しているほうで、マイナー銘柄では90%以上値下がりしたものも珍しくない。暗号資産は「冬の時代」といわれる。だが暗号資産と不可分なオンライン事業構造「Web3(ウェブスリー)」の進化は今後も続く。

 

本稿では、暗号資産とWeb3の現状を概観したうえで、展望を述べたい。

冬の時代が訪れた一つの大きな要因は、交換業大手FTXトレーディングの経営破綻だ。負債額はまだ確定していないが、数兆円にのぼるとの見方が有力だ。創業者のサム・バンクマン・フリード氏は、顧客が預けた資金を同じく自身が創業した投資会社に無担保で貸し出していた。恐ろしいほどの企業ガバナンス(統治)の欠如だ。投資は失敗し、FTXは破綻した。

顧客は資金を使い込まれたままだ。今後米国をはじめ多くの国で、暗号資産関連の規制が強まるのは確実だ。ただ、日本ではFTXジャパンという子会社が取引所を運営しており、日本の金融庁の規制下にある。同社の発表によると、顧客が預けた資金は分別管理されており、不正流用されていなかったという。

 

日本の国内取引所は金融庁の規制下にあり、FTXのような事件が起きるとは考えにくい。良くも悪くも日本の政策は顧客保護を産業振興より優先しがちだ。今回はその良い面が表れたともいえるが、国内取引所は顧客保護のため、例えば証拠金取引(レバレッジ)に上限があるなど、サービス提供に制限や負担が多く課されている。

2022年9月26日付日経新聞朝刊に「Japan as No.1 AGAIN」(日本を再びナンバーワンに)と掲げた全面広告が出た。広告を出したのは、ブロックチェーン基盤「アスターネットワーク」を開発するスタートアップ企業のステイクテクノロジーズだ。創業者の渡辺創太氏は日本で事業を展開したかったが、規制と税制が厳しい日本では戦えないとシンガポールに移住して、このネットワークを立ち上げた。「日本発」のプロジェクトの中では、世界的に躍進している数少ない例だ。

その広告は「Web3ならできる」のハッシュタグとともに、Web3産業で日本を再び豊かにしようと呼びかけるものだった。広告には呼びかけに賛同する300以上の企業やプロジェクトが名を連ねている。

Web3に厳格な定義があるわけではないが、その本質には「オーナーシップの分散化と流動化」がある。これは暗号資産やブロックチェーン技術と密接に関係している。例えばオンライン上に、ユニスワップという暗号資産の交換所がある。銀行員がいない為替交換所のようなもので、分散型金融(DeFi)サービスの代表格だ。ここでは誰もが暗号資産を預けたり、ある暗号資産を別の暗号資産に交換できたりする。

オーナーシップの分散化と流動化の意味合いについて説明しよう。まずユニスワップの重要な意思決定は「ユニ」という暗号資産の所有者たちが行う。ユニは運営上、投票権のように働く。それはブロックチェーン技術で発行された暗号資産であり、市場で流動性があり、自由に売買できる。こうした暗号資産を「ガバナンストークン」という。

ガバナンストークンの所有者らからなるサービス運営体を分散型自律組織(DAO)という。あえて例えると、DAOにおけるガバナンストークンは株式会社における株に対応する。ただし両者は相当異なる。DAOは株式会社よりずっと組織形態が柔軟だ。そもそもDAOは取締役や株主といった会社法の概念に縛られていないし、ガバナンストークンは未上場株と違って流動性が高い。

人はガバナンストークンを所有し、DAOの中で活動して報酬を得て、サービスの価値を上げた後に、価格が上がったガバナンストークンを売ることもできる。そうした新たな働き方や社会のあり方への志向をWeb3は含んでいる。

Web3サービスには、経済活動が自然に組み込まれているものが多い。例えば「アクシー・インフィニティ」というゲームでは、成績により報酬をもらったり、購入した装備を貸し出してレンタル料を稼いだり、他のプレーヤーに投資したりすることができる。報酬やレンタル料は通常、そのWeb3サービスに固有の暗号資産で払われる。

ただし、日本の税制は暗号資産に厳しい。例えば個人が暗号資産の売買で得た利益は、上場株式や投資信託の売買と異なり分離課税の対象とならない。つまり所得税と住民税で最大55%課税される。またある暗号資産を別の暗号資産に交換すると、その都度、課税イベントが発生する。会計上の大きな負担だ。

暗号資産を発行する事業者にとりわけ過酷なのは、「期末課税問題」と呼ばれるものだ。事業者が、発行した暗号資産の一部を販売して資金調達すると、期末には未販売分もすべて時価評価され課税される。事業者はこの課税だけで倒産しかねない。

良い兆しはある。期末課税問題については、23年度与党税制改正大綱で見直す方針が明記された。自民党デジタル社会推進本部のWeb3プロジェクトチーム(平将明座長)がまとめた提言を、同党が採用した形だ。この見直しを早急に実行することが、Web3の振興には最低でも必要だ。また現時点では見直しの対象は、暗号資産を発行する事業者に限られている。その範囲をそうした事業者に出資した投資家にも広げると、Web3事業を巡るお金の循環が活発になる。

09年にビットコインが誕生して以来、暗号資産やそれを伴うWeb3プロジェクトは、すさまじいスピードで実験と失敗を繰り返してきた。事業者と市場参加者は次々生まれる新奇なものに触れながら、知見を積み重ねた。FTX破綻では、DAO的な組織にも健全な統治が必要なことや、ビットコインのような分散管理に高い価値があることが確認された。数多くの実験と失敗のプロセスのなか、分散型金融の発明やWeb3の潮流が生まれてきた。

経済活動が組み込まれたWeb3サービスを消費者が自由に用いることと、消費者が一定の金銭リスクを負うことは背中合わせだ。そこでは自由と保護のバランスが大事なのだが、日本は保護に傾きがちだ。保守的なのは政府機関だけでなく、大手会計監査法人が暗号資産を扱う企業の監査を拒む例もよく聞く。

22年12月、日本経済研究センターは日本の1人当たり名目国内総生産(GDP)が、22年に台湾、23年に韓国を下回るとの試算を発表した。衰退する国でこそ、事業者も消費者も自由に実験できる社会環境が必要なのではないか。実験は多くが失敗するから実験であり、一定の被害は生じうる。だが社会がそれを受け入れずして、実験の果実を得られることはない。

 

<ポイント>
○日本は産業振興より顧客保護優先しがち
○暗号資産に厳しい税制の見直しも不可欠
○実験の失敗受け入れてこそ果実得られる

さかい・とよたか 75年生まれ。ロチェスター大博士(経済学)。専門はメカニズムデザイン