
栄養ドリンクのCMのキャッチコピー「24時間戦えますか」が流行語に輝いたころから30年あまり。がむしゃらに働くことが美徳とされた時代は過ぎ去り、「休み」を人生のイノベーションと捉える考え方が広がりつつある。
山ごもり、会社と連絡禁止
「うわあ、すごいなあ」。2022年7月上旬、北欧・ノルウェーにある「フィヨルド」という入り江を目にして思わず感嘆の声を上げていたのは、デジタルマーケティング事業を手掛けるイルグルムの社員、広遥馬さん(30)だ。7月7日から11日間かけてデンマーク、ノルウェー、スウェーデンを一人で旅し、自然や古い町並みなどをゆっくりと見て回った。時にカフェや公園で文庫本を読んだり、おいしいワインを飲んだり――。新型コロナウイルス禍で約2年半ぶりの海外旅行は格別だったと振り返る。
このバカンスのような長期休暇を可能にしているのが、イルグルムの「山ごもり休暇」という制度だ。連続9日間の休暇で年に1度の取得を義務とし、その間は会社との連絡を一切禁じている。広さんはこの休暇に有給休暇をくっつけて連続で休みをとって海外を旅するのを生きがいとしている。
休暇で「レベルアップ」
「徹底的に非日常を楽しみ尽くす」がモットーだが、漫画「釣りバカ日誌」の主人公、ハマちゃんのように出世欲に欠ける会社員ではない。山ごもり休暇で毎回いわば「レベルアップ」しているのだ。長期休暇を糧にして、どんどんと仕事の幅を広げ、現在は同社の連結売上高の約7割を占める広告効果測定ツールを提供する主力事業推進本部で、ナンバー2にあたる副本部長を務める。広さんの事業推進本部の本部長で、執行役員最高執行責任者(COO)を務める宮本力さん(49)は「仕事以外でも驚くほど読書家で、休暇にはよく旅に出ていると聞いており、そうしたプライベートで得た知識や経験が仕事によく発揮されていると感じる」と太鼓判を押す。
社内で「山ごもりの達人」とも称される広さんの、達人たるゆえんは徹底した準備と引き継ぎで仕事に影響を与えることなく、しっかり長く休む点にある。山ごもり休暇を取得する日程は新しい決算期が始まる10月より前に決め、人事部に提出し、社内の連絡サイトや部署内で共有することになっているが、広さんは旅程を決めると、格安航空券サイトで行き先を決めるのと並行して、しっかりとした業務引き継ぎ書を作っていく。
旅程の1カ月くらい前からは定例会議の時間を少し長くとって、部署のメンバーに対し「発生してしまうと自分がいなくては困ってしまうようなことなどをしっかり伝達し、事前に顧客に連絡しておくなど、未然に起きる可能性をつぶしていく」(広さん)。業務の見える化を徹底し、属人的にならないようにすることで、いつでも引き継げるような体制を取ることを意識しているという。「引き継ぐことで部下の成長機会にもなっている」とみる。
そして休暇は9日間に有休までつけて、しっかり休む。「楽しむことに全てを集中する」ため、パソコンは持って行かず、私用のスマートフォンに入れている社内連絡用のアプリをアンインストールする。仕事に復帰したら再インストールする。この休暇が広さんにとっては「常にリセットされる感覚で、心身の健康を保つ秘訣」と明かす。心のエネルギーが充塡された状態で仕事に向かえるため「モチベーションも高い状態で、いろんな新しい発想なども浮かんでくる」という。
今年の旅行先はウズベキスタンからトルコ、ブルガリア、ルーマニアの周遊だ。4月下旬からゴールデンウイーク(GW)を重ねて、過去最長の16日間の山ごもりを計画する。「休むことは仕事の一つ」と広さん。この旅で、もう一段レベルアップしそうだ。

アイドルやアニメ、漫画のキャラクターなど、誰もがいち押しの存在を自らの中に抱えている時代。21年の新語・流行語大賞に「推し活」がノミネートされるなど、ライブやイベントといった場で表現する「推し」への愛の重要性は年々高まっている。
「推しメン休暇」で活動費も
こうした流れをうけて、女性向けゲームの開発を手がけるジークレスト(東京・渋谷)が17年に始めたのが「推しメン休暇」だ。キャラクター、アイドルやタレントなど熱狂的に応援する「推し」のライブやイベントに合わせて社員が年に1回休暇を1日間取得できる制度で、活動費として5000円も支給される。22年は約140人の社員のうち3割が利用したという。
「ライブに行くことを隠さずに堂々と休みを取れる。本当にうれしい」。同社の田中なつみさん(仮名、28)は22年10月に制度を使って休暇を取得した。十数年にわたって応援する人気アイドルグループ「関ジャニ∞」のメンバーが出演する舞台を鑑賞。5000円はチケットの購入費に充てた。
新たなインプット促す
ウェブメディアで広告営業などに携わった経験を持つ田中さんだが、これまでの職場ではライブのための休暇取得を公言しづらい環境だったという。「推しのために休みをもらえるだけでありがたいのに、5000円ももらえるなんて。日々の仕事の活力になる」(田中さん)と、好循環が生まれているようだ。
「休暇制度は、コンテンツを愛する気持ちを会社が認めていることの証拠。社員のモチベーションも高まる」。同社社長の大辻純平氏(38)は制度の狙いをこう語る。採用面接で話題に上がることもあり、人材の確保にも一定程度貢献しているとみる。
社員に新たなインプットを促す意味でも意義がある。「コンテンツを作るグラフィックデザイナーやシナリオライターは趣味を仕事にしている。没頭しすぎて、新たなインプットをせずにアウトプットし続けているような事態も生まれてしまう」(大辻社長)という。
多様なアウトプットのためには、多様なインプットが必要不可欠。決して目に見える効果が短期的に生まれるわけではないが、休暇で触れた新たなコンテンツは優れたアイデアの源泉にもなりうる。「休み」が生み出す創造性は無限大だ。
「休み」追求が研究テーマ
「休み」の追求を仕事にしている人もいる。住宅大手、積水ハウス住生活研究所の植山生仁さん(39)だ。09年の入社以来、研究員として一貫して睡眠や疲れにくさ、癒やしといった休むことに直結するものをテーマにしている。人々が休む場として最も大きな役割を果たす住宅にその機能を付与させることに取り組んでいる。
14年から植山さんがリーダーとなって大阪市立大学(現・大阪公立大)との共同研究で取り組んだのが、子どもが疲れにくい勉強環境だ。元気いっぱいに見える子どもたちも、友人関係や勉強、部活などで様々なストレスや疲れを抱えている。同大と大阪市淀川区が約5300人の小中学生を対象にした疲労の実態調査によると、小学4~6年生の30%、中学1~2年生の46%が1カ月以上続く疲労を感じていた。

植山さんは積水ハウスの住宅に住む子どものいる家庭に協力を依頼し、インターネットのアンケートや訪問調査なども加えて課題を探っていった。九州大学大学院で木材工学を学び、木が人に与える効果を研究していた植山さんは、机や壁、調度品などが木でできている木質インテリア空間と、立って勉強できるカウンターが子どもたちにどのような影響を与えるのかを実証、受験勉強など長時間の疲れる勉強は木の空間の方がよく、宿題など短時間の作業は立ったままの方が意欲的に取り組めるということが分かった。研究成果は日本疲労学会で発表、19年には「キッズデザイン賞」も受賞した。立って勉強するこの設計は同年以降の子育て住まい提案に採り入れられている。
大学院生時代に同社の研究所でインターンをしていた植山さんは京都大学と睡眠の研究をしていることを知って、「木の研究が生かせそうだし、何よりこの会社は面白いと感じた」。希望通り研究所に配属となり、照明や温度などが眠りに与える影響を調べる共同研究にも加わることができた。
出社遅らせ、仕事に没頭
実はこの睡眠研究で、自分自身の休みに関する「発見」もあった。朝型、夜型というのが体質や遺伝、生理学的なものであることを知り、評価テストを受けてみたところ、「超・夜型の体質であることが分かった」(植山さん)。入社してから午前9時前に出社すると頭痛がひどく、体調がよくないなど、思い当たる節はあったという。そこで会社のスライド勤務制度を利用、出社時間を遅らせて最もパフォーマンスが出せる時間帯に研究できるようにしている。
「住まいや暮らし、人生をもっと楽しいものにするのが自分にとってのパーパス」と植山さんは話す。住宅に楽しさや幸せを加え、休みの場を生み出すことにやりがいを感じている。(井上孝之、田村峻久)
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