ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は20日、日本経済新聞の取材に応じ、国内従業員の年収を最大約40%引き上げると決めた理由として「新型コロナウイルス下で組織が内向きになっていた危機感がある」と述べた。「GAFA」と呼ばれる米テクノロジー企業の社員を含めて優秀な人材を獲得し、現状維持にとどまろうとする社員の意識や組織風土を変える考えだ。
ファストリは、本社やユニクロなどで働く国内約8400人を対象に年収を数%から約40%引き上げると11日に発表した。新型コロナ下で世界各国の事業を統括する日本の本社で働く社員が国内のことばかり考えるようになったと指摘。売上高が2兆円を超え、組織も大きくなったことで「上司に忖度(そんたく)する社員が増えた」ことへの危機感も示した。
すでに世界共通の人事評価制度を設けていたが、日本事業では役職や勤務地に応じた手当などの制度が残っていた。こうした仕組みについて柳井氏は「過去の延長線上であり、すべてを廃止する」と語った。「25歳をすぎれば人間は一緒だ」として、仕事ができる従業員に対して年齢に関係なく報いるなど、実力主義の人事制度を徹底する考えを示した。
ファストリは「情報製造小売業」を掲げ、商品企画や生産、物流、店舗をデジタル技術で効率化する取り組みを進めており、デジタル人材の確保が重要となっている。人員整理を進めるアマゾン・ドット・コムやアルファベットなどGAFAと呼ばれる米テック企業から「優秀な人材を採用したい」と語った。
賃上げにより、国内外から優秀な人材や若くて成長意欲のある人材を採用して組織に刺激を与える考えを示した。「良い人材が集まれば、もっと良い商品ができるようになる」と語り、アマゾンや「ZARA」など世界の小売りとの競争に勝ち抜く考えを示した。
労働集約的な要素が強い小売業にとって、人材確保は容易ではない。アパレル業界では給与が最高水準とされるファストリにとっても長年の課題である。過去には若手社員の離職率の高さなど働く環境の課題が指摘された経緯がある。働きがいや職場環境の改善に努めてきたなか、今回の賃金改定で人材を集められるかなど課題はある。
昨年秋にはパート・アルバイトの時給を平均2割引き上げており、今回の給与改定と合わせて国内の人件費は約15%増える見込み。日本の給与水準は海外に比べてまだ低いとして、さらなる賃上げは「あり得るかもしれない」と語った。
人件費の増加は収益を圧迫しかねない。2022年9~11月期の連結売上高が前年同期比14%増える一方、人件費は23%増えている。さらに賃金水準を引き上げるためには、生産性の向上が不可欠だ。
ファストリは、商品にRFID(無線自動識別)タグをつけることで在庫管理の手間を省くとともに、無人決済レジで対応できるようにして売り場の効率化につなげている。テック人材の獲得による生産性向上という好循環を生み出せるかが問われている。
政府が企業にインフレ率を超える賃上げを求めていることに対しては、「賃金は仕事に対する対価で、それに見合う仕事がない限り、(基本給を底上げする)ベースアップはありえない」と指摘した。日本は「終身雇用制で社員や会社が成長していないケースが多い」とした上で、「経営者は従業員に成長を促していく必要がある」と語った。
(花田幸典)
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