タイ・バンコク郊外で19日、日本が建設を支援した東南アジア最大級の鉄道駅が本格稼働した。市街と地方都市、空港などを結ぶ各種鉄道の発着が集約され、2030年代には1日の利用者数が100万人に達すると予想される。鉄道利用の促進で交通渋滞の緩和などの効果が見込まれるが、タイ政府が期待する駅周辺の都市開発は遅れている。日本の手腕が試されている。
バンコク中心部から北に約10キロメートル。「クルンテープ・アピワット中央駅(バンスー中央駅)」で19日、タイ国鉄が運行する長距離列車の発着が始まった。同駅は2021年に通勤・通学向けの都市鉄道の開通に伴って部分開業したが、この日に中心部にある旧中央駅「フアランポーン駅」を発着する各種路線114本のうち、長距離列車の52本が移管され、ターミナル駅としての運用が始まった。

全長660メートルの新中央駅は、東南アジアの鉄道駅で最大規模の24線のホームを有する。既存の都市鉄道や長距離列車に加え、計画中の高速鉄道も乗り入れる計画だ。乗り換えの利便性向上は、自動車から鉄道へのシフトを促す。踏切を通過する列車も減り、渋滞緩和に即効性も見込める。サックサヤーム運輸相は式典で「新中央駅の稼働で継ぎ目のない交通網の実現を期待する」と述べた。
インフラ整備に当たっては日本の官民が大きな役割を果たした。鉄道網の近代化を目指すタイ政府が日本に支援を要請。日本政府は「インフラ輸出の促進と二国間関係の緊密化に貢献することが期待される」として、09年から3回にわたり国際協力機構(JICA)を通じた総額約2680億円の借款の供与を決定した。

新中央駅の建設と、同駅からドンムアン空港などに延びる都市鉄道「ダークレッドライン」を整備する総事業費約3320億円のうち、円借款は8割を占めた。土木工事はタイの建設会社が担ったが、鉄道の電気・機械システムと車両は住友商事・三菱重工業・日立製作所の日本企業連合が手掛けた。
新中央駅と同鉄道の一体的な整備により、海外からドンムアン空港に到着した観光客が鉄道で新中央駅まで来て、別の列車に乗り換えてバンコク市街や地方都市に向かうといった利用を想定する。計画中の高速鉄道は、もう一つの首都空港であるスワンナプーム空港とつながる路線や、ラオスと結ぶ国際路線が乗り入れる予定だ。タイ政府は将来的に「東南アジアの玄関口」になると期待する。
日本政府は今回の支援を、成熟化が進む東南アジアにおける「新たな協力モデル」と位置づける。バンコクは経済発展により渋滞などの都市問題が深刻化している。日本が持つ鉄道交通のノウハウと技術を提供することで、環境に優しい交通の利用拡大を後押しする狙いだ。ジャカルタやマニラなど周辺国の大都市も同様の問題を抱えており、インフラ輸出を横展開できるチャンスがあるとみる。
周辺開発の成否カギ
タイ政府は新中央駅周辺にスマートシティーを開発する構想も掲げる。開発面積は東京の大手町・丸の内・有楽町地区の約3倍に当たる370万平方㍍に達する。日本の国土交通省と都市再生機構(UR)は20年にタイ運輸省やタイ国鉄と、開発に協力する覚書を締結したが、具体的な開発事業は進んでいない。
JICAがまとめた報告書によると、周辺開発にはオフィスビルや商業施設、ホテルなどが含まれ、全ての整備が完了する30年代前半までの総事業費は3000億バーツ(約1兆2000億円)超とも試算される。事業主体のタイ国鉄は赤字続きで資金力が乏しいため、19年と21年に民間企業の参加を募る入札を実施したが、応じる企業は現れなかった。参画を打診された日系企業の幹部は「巨額の投資に見合うか甚だ疑問」と打ち明ける。

大きな原因は高速鉄道の整備計画の遅れだ。ドンムアン空港とスワンナプーム空港、東部のウタパオ空港を結ぶ「東部線」は、タイ財閥チャロン・ポカパン(CP)グループを中心とする企業連合が19年に受注したが、まだ着工していない。政府側と土地の引き渡しや資金の支払いに関する調整が続いており、当初計画していた24年の開通は延期が確実だ。
中国の技術協力でラオスまでつなげる「東北線」は、第1期工事の進捗率が15%程度にとどまる。17年の着工時は21年の開通予定としていたが、土地収用の遅れや新型コロナウイルスの感染拡大による工事の中断が響いた。第2期工事はまだ契約にも至っていない。日本と協議中のバンコク―チェンマイ間の「北部線」も採算性の問題で事業化のめどが立っていない。
新中央駅の1日当たりの利用者数は32年に100万人と、コロナ前の東京駅並みの規模が予測されるが、高速鉄道の開通が遅れれば下振れは避けられない。駅周辺にオフィスビルや商業施設を造っても資産価値が上がらず、参画する企業が損失を被るリスクが高まる。
日本側とタイ側は22年末に駅周辺開発に関する覚書を更新した際に、協力の強化を確認。URが開発の方向性と先導事業を立案することで合意した。URは東京・大手町の再開発の事業スキームの構築や、大阪・梅田駅前の開発で全体の調整役を手掛けた実績があるが、海外での手腕は未知数だ。
東南アジアでは中国が広域経済圏構想「一帯一路」に基づくインフラ整備で存在感を強めているが、支援を受ける国には過大な借金を抱える「債務のわな」への警戒も強い。日本政府関係者は「官民パートナーシップ(PPP)のノウハウを持つ日本への期待は大きい」と指摘する。新中央駅の周辺開発の成否は、日本の力量を測る試金石となる。
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