· 

Web3 、起点はファンコミュニティー Web3の現場から(3) クリエーター育成、企業の力に

「みんなライブに来てくれてありがとう。会場のみんなの熱気すごいね、2階席までお客さんいっぱいだ」。2022年7月、日本武道館(東京・千代田)のステージに立ったのは22年公開のアニメ映画「ONE PIECE FILM RED(ワンピースフィルムレッド)」の登場キャラクター「ウタ」。

映画「ONE PIECE FILM RED」の登場キャラクター「ウタ」は日本武道館(東京・千代田)でライブを開催した

アップテンポな曲調に合わせたダンスや、観客に対して話しかける身ぶり手ぶりなどのしぐさはとても滑らかで違和感は全くない。このウタの3DCG(3次元コンピューターグラフィックス)を手掛けたのがコンテンツ制作のActiv8(アクティベート、東京・渋谷)だ。

アバターが主役に

同社はユーチューブのチャンネル登録者数が300万人を超えるバーチャルユーチューバー(Vチューバー)のキズナアイなどの支援を手掛けており、人間の表情や体の動きをデジタルデータに変換するモーションキャプチャーの技術に強みがある。約30台の赤外線カメラを設置した自社スタジオで、専用のスーツを着用した人間の動きを赤外線カメラで取り込み、瞬時に3DCG化する。

「アバターを『着て』提供するエンターテインメントの力がどんどん強くなっている」。Activ8の大坂武史代表取締役はこう語る。

ワンピースの映画でウタの歌唱を担当したのは、「うっせぇわ」が話題となったアーティストのAdoさん。Adoさんのように顔を出さずに音楽活動するアーティストがリアル会場でライブを実施することはこれまで難しかった。ただ、今回はウタというキャラクターのアバターをAdoさんに「着せる」ことで、日本武道館でのライブを始め、音楽番組などへの出演も可能になった。

Activ8(東京・渋谷)は映画「ONE PIECE FILM RED」の登場キャラクター「ウタ」の3DCGを手掛けた

Activ8はきゃりーぱみゅぱみゅさんなどのタレントが所属するアソビシステム(東京・渋谷)とキャラクタータレント事務所のANNIN(アンニ、東京・渋谷)を23年3月中にも立ち上げる。タレントの発掘や育成に強みを持つアソビシステムと組み、リアルとデジタルの両方で活躍できるタレントをプロデュースする計画だ。

エンターテインメント業界でのリアルとデジタルの融合はファンにも波及しそうだ。大坂代表取締役はファンコミュニティーとデジタル技術の相性がよいとした上で、「ライブチケットをNFT(非代替性トークン)化すれば、劣化しない思い出を残すことができる」と構想を描く。

デジタル分身モデル

従来は簡単に複製できたデジタルデータがNFTといったブロックチェーン技術で「唯一無二」のものとして価値を持ち始めた。アニメやゲームなどのファンコミュニティーから広がり始めたWeb3の世界は著名人を中心に個人や企業の間にも入り始めている。

サイバーエージェントはCG(コンピューターグラフィックス)などを駆使して著名人の「デジタル分身」を制作、運用する「デジタルツインレーベル」事業を始めた。第1弾としてモデルの冨永愛さんを3Dモデル化し、しぐさや表情なども綿密に打ち合わせをして「冨永さんらしさ」を再現する。

一貫してデジタル広告を手がけてきたサイバーエージェントがこうした動きに乗り出す背景には新たな広告表現への模索に加え、出演者として欠かせない著名人らの働き方も変わっていくとみているためだ。

サイバーエージェントAI事業本部の石川大輔氏は「デジタル広告が今後も広がっていく上で、タレントの稼働時間が課題になる。分身を作って出演してもらえば2倍、3倍の働きができる」という。

著名人は所属する事務所などがイメージや出演に関して綿密に戦略を立てることが一般的で「デジタル上に再現することは怖くて手を出せないという事例が多かった」(石川氏)。AIの進歩で手軽に精巧なデジタル分身が再現できるようになりつつある。今後メタバースなどが広がれば、デジタル上でもタレントが唯一の「本人」として活躍できる未来も現実味を増す。

実際、22年夏には三菱地所レジデンスと3Dモデル化した冨永さんとの間で広告契約を締結。仮想空間内でのルームツアーやSNS(交流サイト)を通じた動画広告に「出演」するなどした。デジタル化したタレントが直接広告契約を結ぶのは国内で初めてという。

三菱地所レジデンスはモデルの冨永愛さんのアバターを使ってCMを制作した

NTTもデータのやりとりを光を使って高速化する次世代通信基盤「IOWN」の活用例としてアバターを想定している。会合に参加できない場合でもアバターを代理出席させることで業務の効率化を狙う。

ナイキやソニーグループも

足元では消費者に身近な企業にもNFTなどWeb3の技術を生かす動きが広がり始めている。

スターバックスはWeb3体験プログラムとして「オデッセイ」と呼ぶプログラムをこのほど試験的に始めた。バーチャル農園巡りやインタラクティブゲームを楽しみ、ポイントやNFTを提供する。実際の店舗でも使える設計だ。ナイキも実際のスニーカーとひもづいたNFTを22年12月に販売した。

ソニーもグループのソニーネットワークコミュニケーションズが22年、企業向けソフトウエア開発のSun Asterisk(サンアスタリスク)とNFTの共同出資会社をシンガポールに設立した。NFTに関する開発受託や企業向けコンサルティングも提供する。Web3時代の本格到来に備えての動きだ。

電通イノベーションイニシアティブの鈴木淳一氏は「個人が自身のあらゆる資産をデジタル化して持ち運べるようになる時代が来る」と指摘する。映画やアニメの制作者が消費者へ直接作品を届けられるようになれば、映像配信プラットフォームは価値が薄れる。ネット空間での主導権が個人や新興企業などに再び引き戻される。

ソニーグループの吉田憲一郎会長兼社長は22年5月の経営説明会で「クリエーターに寄り添う会社を目指す」とした。商品やサービス、アイデアを生む「クリエーター」をどこまで自陣に引き寄せられるかが企業戦略上で重要となる。

メタバースを採用し、新たなエンタメ空間と位置づけるホンダと共同開発した電気自動車(EV)も様々なクリエーターの技術を結集した「作品」だ。「GAFAM」の中央集権型のヒエラルキーから、様々な参加者との対等な協業・取引関係が広がる水平型組織が覇権を握る時代が近づく。

Web3の普及でクリエーター個人の力が増せば、会社と社員との関係をはじめ企業運営の仕方も変わる。クリエーターを育て大きくするプロデューサー的な存在になることが企業には求められてくる。

(坂本佳乃子、藤本秀文)