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退職金の受け取り方 一時金形式なら非課税枠大きく 退職金(上)受け取り方

寒さが厳しい夕方。夕食後、幸子と良男はお茶を飲んでいます。そこへ恵が帰宅しました。オシャレな紙袋を持っています。「これ、今月退職する先輩からもらったお煎餅。一緒に食べようよ」。楽しいお茶の時間が始まりました。

筧(かけい)家の家族構成
筧幸子(48)ファイナンシャルプランナーの資格を持つ。
筧良男(52)機械メーカー勤務。家計や資産運用は基本的に妻任せ。
筧恵(25)娘。旅行会社に勤める社会人3年目。
筧満(15)息子。投資を勉強しながらジュニアNISAで運用中。

 お世話になった先輩が今月で定年退職なの。きょう会ったら「退職金って、もらう直前まであまり制度のことを知らなかった」って話していたよ。

幸子 そういう人は多いみたい。でも老後を支える大事なお金だから、本当は現役の時から知っておいた方がいいよね。

良男 最近はどのくらいもらえるんだ?

幸子 最近は減少傾向なの。厚生労働省の就労条件総合調査によると、2003年調査時に平均約2500万円だった退職給付額は、18年に1800万円弱になっているよ。金利低下による運用環境の悪化や、高齢化で手厚い支給が難しくなったことなどが背景といわれるよ。

 先輩はもらい方も結構悩むって話していたよ。会社の制度によるけれど、一括で受け取る一時金か、何年かに分割して受け取る年金形式、一時金と年金の併用ができるんだって。

幸子 そうね、日本経済団体連合会と東京経営者協会の調査では、併用形式の企業が21年9月時点で7割程度を占めている。併用形式だと、一時金でもらう分と年金でもらう分の金額や割合を選べる場合があるの。ファイナンシャルプランナー(FP)の柳田典子さんは「受け取り方で手取り額は変わるが、どのように変わるか知らない人が多い」と話していたよ。

良男 受け取り方で手取りが変わるってどういうこと?

幸子 柳田さんの試算が参考になるわ。60歳時点で退職金が1800万円、受け取り方は全額一時金、全額年金、併用で半額ずつという3パターンを想定し、60歳からの10年間で収入がどうなるかを比べたの。年金形式の運用利率は年1%で月5万円ずつ取り崩すと仮定。退職金のほかに64歳まで再雇用で年収400万円、65歳から公的年金で年260万円の収入があるという前提での概算よ。

良男 で、どの受け取り方が有利なんだ?

幸子 まあ慌てないで。まず税などを引く前の額面ベースでは、全額年金が最も多くなって約5300万円なの。会社が一定の利率で運用してくれる効果があって、一時金で受け取るよりも100万円以上多くなるの。併用するケースでも全額一時金よりも多くなるね。

 確か先輩は一時金が有利って話してたけれど……。

幸子 そう、所得税と社会保険料を差し引いて手取り額を比べると、あら不思議。全額一時金が約4500万円と最も多くなるの。次が併用、全額年金という順番で、柳田さんのこの試算では、全額一時金と全額年金の差は約200万円になるわ。

良男 なぜ額面の時と手取りの時とそんなに変わるんだ?

幸子 税金や社会保険料が変わるからなの。まず、一時金でもらうと税金を計算するとき「退職所得」という扱いになって、退職所得控除という大きな非課税枠を使える。

 非課税枠はどのくらい?

幸子 勤続年数20年までは1年ごとに40万円、20年超は同70万円ずつ増える。例えば大学卒業後に60歳まで38年間勤務すれば、2060万円までが非課税よ。さらに非課税枠を超えた分は原則2分の1が課税対象になり、ほかの所得と分けて税率が決まる。

良男 年金形式でもらう場合はどうなるんだ?

幸子 年金形式だと「雑所得」になり、「公的年金等控除」という非課税枠の対象になる。収入や所得に応じて変わるけれど、60歳前半までは公的年金などと合算した収入額が130万円未満なら年60万円、後半は同330万円未満で年110万円などと非課税になる分が決まっている。

 一時金は非課税枠が大きいけれど、年金形式だと非課税枠を超えやすいってことね。

幸子 そうなの。税理士の中島典子さんは「一時金でもらう場合の勤続年数は端数切り上げだということも知っておきたい」と話している。仮に1年と1日勤務しても2年として計算されるしくみよ。もし退職日が選べるなら意識したいね。

良男 社会保険料も違うのか。

幸子 年金形式でもらうと国民健康保険料の計算に影響して、社会保険料の増加につながる。この点も注意が必要ね。

 じゃあもらい方は一時金形式一択なんじゃない?

幸子 まずは一時金の非課税枠をフル活用したい。税理士の中島さんは「勤続年数30年以上で退職金が2000万円程度までなら一時金の方が手取りが多くなりやすい」というよ。ただ、退職金が非課税枠を大きく超えるなら、一部を年金にした方が有利な場合もある。企業年金のコンサルティングを手掛けるマーサージャパン(東京・港)の奥平剛次さんは「会社の制度に終身年金がある場合や年金に付与される利息が4%などと高い場合は年金での受け取りが有利なこともある」と助言している。

良男 今から会社の制度を調べてみようかな……。

幸子 個人型確定拠出年金(イデコ)の受け取り方も年金、一時金、併用から選べて、同じように受け取り方で税金などが変わるから気をつけたいね。

雇用形態の変化とズレも
マーサージャパン年金コンサルティング部門リーダー 奥平剛次さん

これまで退職金は定年までの長期勤続に対する功労報酬という意味合いが強くありました。給付額は勤続年数が短いと少なく、20年など一定期間を過ぎると急激に増える企業も多くみられます。給付額を決める仕組みが複雑で、多くの従業員が、いつ辞めたらどのくらいもらえるか知らないことも往々にしてあります。
一方で多くの企業が終身雇用型からジョブ型の人事制度へ移る中、勤続年数が長いことで優遇される退職金は、人事戦略と合わないと認識されつつあります。今後は労使とも「退職金は給与の後払いで、報酬の一部」との認識が広まるでしょう。従業員は自社の退職金制度に関心を持ち、転職時は転職先の制度を確認して報酬を交渉すべきです。企業も良い人材を採るため公平でわかりやすい制度に変える必要があります。

(聞き手は川本和佳英)