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債券市場の機能不全続く 日銀、異次元緩和に限界近づく

国債市場では市場機能の低下が続いている。償還までの年限ごとに金利をつないだ利回り曲線(イールドカーブ)はゆがみ、社債の起債にも弊害となっている。日銀は12月に長期金利の上限を引き上げたのに続いて資金供給拡大を打ち出した。ゆがみを解消できるかどうかは未知数だ。次々と対応策が必要となる金利操作には限界がにじむ。

金利のゆがみ強まる

18日の市場では日銀が長短金利操作の維持を決めたことを受けて、国債を空売りしていた投資家が買い戻しを急いだ。金利は全般に下がったが、利回り曲線全体を見渡すと9年債利回りは0.5%超となお10年債の0.41%を上回る状況が続く。通常は右肩上がりの利回り曲線とは異なるゆがんだ形状が続く。

ゆがみは、日銀の昨年12月の修正でむしろ強まった。日銀が0.25%程度としていた10年債利回りの上限を0.5%程度に引き上げたことが、10年続いた異次元緩和が「出口」に向かう一歩と捉えられたためだ。物価高に押される格好での修正となり「外国人投資家が日銀の政策修正が続くという確信を深める結果になってしまった」(モルガン・スタンレーMUFG証券の杉崎弘一氏)。

緩和縮小が意識され、国債の売り圧力は修正前に比べて高まった。上限を再び引き上げるとの観測にとどまらず、マイナス金利政策の解除まで織り込む投資家が増え、マイナス金利が解除された場合に影響が大きい2年債や5年債まで売られて利回りが上昇した。その結果、日銀が抑え込む10年近辺だけ金利が不自然に低い状況が政策修正前よりも拡大した。

日銀は防戦のための国債購入を増やし、金額は持続性が疑われるほど膨らんだ。購入額は昨年12月から今年1月にかけて34兆円となった。

なかでも10年物国債のうち日銀が無制限での購入対象とする3銘柄は、日銀がほとんどを保有してしまったとみられる。国債全体のうち日銀が保有する割合は5割だが、銘柄によっては日銀が買い占め、市場は干上がっている。取引が円滑にできず、機関投資家の運用に支障を来している。

日銀は経済活動の基盤となる長期金利の取引が完全になくなってしまうことを回避するため、市場参加者に保有する国債を貸し出している。その量は17日に8.6兆円と過去最大を更新した。国債を市場から吸い上げた日銀自身が、それを貸し出すことでしか市場が成り立たないような異常事態となっている。

10年債以外も抑え込みへ

国債購入の弊害が大きくなってきた日銀は今回、金利を抑え込む手段を広げ、金融機関にお金を貸し出す資金供給手段を拡充した。さらに利回りの人為的な操作を強める政策になる。

具体的には金融機関により長い期間、低利の資金を貸し出して国債購入に向かわせ金利の安定につなげる。民間の力も借りながら、金利の安定やゆがみ解消をめざす戦略だ。

10年金利を0.5%程度に抑え込もうと必死になる結果、10年以外の国債利回りが高くなっている。市場の状況にあわせ低い金利でたっぷり資金を供給することで、まずは主に金利のゆがみが目立つ期間2~5年の国債を中心に金融機関が買いやすい状況を整える。

たとえば、金融機関が日銀の資金供給を通じて0.1%の金利でお金を3年間借り、すべてを利回り0.2%の3年物国債の購入に振り向けたとする。この場合、両者の金利差の0.1%分が金融機関の利益として確定する。3年後、国債償還で得たお金で日銀に返済すればよい。

こうした取引が増えれば、市場で国債買いの需要が高まり、日銀が直接国債を市場から大量に買わなくても、自然と国債利回りが低下していく可能性がある。日銀の黒田東彦総裁は「現物国債の需給に直接的な影響を与えることなく、長めの金利の低下を促すことができる」と狙いを語った。

黒田氏は「イールドカーブ・コントロールの限界を示しているということではない。カーブを適正にするための一つのツールとして使える」とも語った。現行の政策を「延命」させる手段として活用する考えを示した。

だが、あまりにこの手段に頼りすぎると、金融機関を「補助金」漬けにして市場機能を圧殺することにもつながりかねない。「モラルハザード」との批判も高まる。海外金利や物価上昇率との見合いで妥当とみられる金利水準から、さらに人為的に金利を乖離(かいり)させかねない。

副作用マグマ蓄積

資金供給の拡充がすぐにゆがみの解消につながるとの見方は少ない。ゆがみの問題は、10年物国債利回りが実力とかけ離れた水準にあるとの見方が広がり、長期金利が指標としての役割を果たせなくなることにある。社債や地方債にはこの影響がすでに出ている。

企業が日銀に抑え込まれた10年物国債利回りを参考に社債の金利を決めようとすると、投資家には金利が低すぎると映る。国債の利回り曲線のゆがみが解消する方向に動き、10年物の国債や社債の利回りが急上昇すると損失が発生してしまうからだ。投資家は、10年物社債は国債利回りの実力値を想定したうえで金利を決めるべきだと考える。

10年物では企業と投資家の目線が合いにくくなっている。金利の乱高下もあって投資家の社債購入意欲が落ち、22年の社債発行額は12兆円弱と、21年から2割減った。

23年に入っても三井住友信託銀行やオリエントコーポレーションが起債を見送った。市場関係者によると、ほかにも水面下で社債発行をとりやめる会社が多いという。本来は民間の資金調達を後押しするはずの緩和策が、資金調達を阻害するケースが出てきている。

国債市場の流動性低下も影を落とす。日銀が特定の国債を買い占め「市場機能は悪化の一途」(国内証券の債券トレーダー)とされる。市場に流動性を供給する役割を担う証券会社による売買は細っており、1日平均の売買代金は2015年と比べると8割も減った。

市場参加者の厚みがなくなると、相場が一方向に動きやすくなるため、国債価格は不安定になる。18日は10年債利回りが0.51%から0.36%まで急変動した。日本国債の売買をやめる金融機関や投資家が増えれば、将来、金利操作をやめる時などに国債の買い手がみつかりにくくなり、利回りが急騰する事態になりかねない。

18日、スイス東部のダボスで開催中の世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)で西村康稔経済産業相は「現段階では、経済成長の確かな道筋が見えるまで、日銀が金融緩和を続ける姿勢を維持すると理解している」と語った。

賃上げの広がりや需給ギャップの縮小など、日本経済には明るい動きも目立つ。長い目では金融政策の正常化を展望していく必要が生まれつつある。経済実態に応じた微調整をいっさい経ずに市場機能を封じたままでは金利急上昇のマグマをため込む。

異次元緩和「延命」の工夫は、市場には「黒田総裁の任期中には政策を動かさないことを示すことにはなる」(東短リサーチの加藤出社長)と映る。新体制での政策転換への思惑はむしろ高まる可能性が高く、後任の総裁は金融政策の正常化を含め、大きな責任を負う。市場の混乱を防ぐためにも、体制の移行期こそ長期的な展望をもとに精緻な出口論を練ることが求められる。

(金融政策・市場エディター 大塚節雄、小野沢健一、佐藤俊簡)