知識や技能を教えるだけでなく、すべての授業にリーダーシップや協調性といった社会性などを身につけさせるキャリア教育の要素を組み込んでいるのが特徴だ。企業などで活躍できる人材を育てる狙いだが、就職率を高める施策としても広がりそうだ。
「大学では知識を得るよりも、主体性などの社会で役立つ能力を身につけたい」。京都産業大学生命科学部2年生の楠嵐さんは、大学に通う目的をこう話す。授業選びで参照する講義概要には「身につく力」が記されており、課題発見力や発信力を伸ばすことを念頭に授業を選んだ。
楠さんが出席した90分の授業のうち講義は冒頭の10分ほど。残りの80分は学生同士で議論する。学内の環境保全に向けた課題をどう解決するかを話し合い、教員が必要に応じて助言した。西田貴明准教授は「どんなテーマで、どんな問いかけをしたら課題発見力や発信力が高まるかを考えて授業を設計している」と話す。
京産大は卒業時に身につけるべき力として主体性や思考力、創造性などの「8つの資質・能力」を定め、それらを高めることを教育の目的と位置づけてカリキュラムを改革。2023年度には対象を全学部に広げる。学生は年に1回程度、民間の能力測定テストを受け、どの能力が伸びたかなどを確認できる。現在は必要な単位数を取得すれば卒業できるが、卒業要件に能力開発の達成度を組み込むことも見据える。
8つの資質・能力は18年に経団連が企業を対象に実施した「学生に求める資質、能力、知識」の調査結果も参考に策定。学長室の奥村靖之課長は「産業界で求められる力を大学の教育で伸ばす」と意気込む。
実践女子大学は18年に教育改革を実施した。大学で育てる能力・態度として「行動力」や「協働力」など5つの項目を設定し、授業のカリキュラムに組み込んだ。学生は高めたい能力・態度ごとに授業を選べる。
半期に一度、どの能力がどれだけ伸びたかを教職員と振り返る機会を設け、民間の能力測定テストも活用する。生活科学部3年の星野愛菜さんはこの仕組みがあることで「授業で探究力を伸ばし、課外活動では協働力を伸ばすよう意識している」と話す。
22年には学生が大学で成長した経験をわかりやすく発表することを競い合う「リフレクション・アワード」の取り組みを始めた。学長や副学長、民間企業の執行役員が審査した。
副学長の槙究教授は「大学はいまや知識を教えるだけではなく、学生の能力向上や態度の改善も求められている」と指摘。「家庭や企業で人を育成しにくくなってきたとすれば、教育機関が最後の砦(とりで)。少子化が進む中で、期待に応えないと淘汰されるという危機感もある」と打ち明ける。21年度の実就職率は94%と、施策導入前の5年前に比べて3.4ポイント上昇したという。
こうした取り組みの背景には日本経済の長期停滞も大きな要因になっている。停滞を打破するため個人の能力を伸ばす教育が必要だとの議論が政府内で発生。内閣府が「人間力」、文部科学省が「学士力」や「基礎的・汎用的能力」などと社会で求められる能力を定義した。経済産業省は06年に「社会人基礎力」を定め、18年には「人生100年時代の社会人基礎力」として再定義した。
大学教育に反映され始めたのは17年ごろ。大学改革の一環として大学ごとに育てる人物像の明示が義務化された。「考える力がある」など抽象的な育成目標に対してどう成果を測るのか。学生による自己評価のほか、民間の能力測定テストを導入する大学も増えるなど試行錯誤が続く。
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