· 

迫る学校崩壊(1)先生の質保てない 2000校で欠員、1年で3割増 日経調査、魅力失い倍率最低

社会の変化に応じて仕組みを変える動きの鈍さが原因だ。人材育成の土台が機能不全に陥れば国力の低下を招きかねない。学校を持続可能にする条件を探った。

 

「病気や出産で休暇に入る教員の代替の確保が非常に厳しい」。山梨県の山梨市教育委員会は2022年8月、こうした趣旨の文書を小中11校の保護者に配り、教員免許を持つ人の紹介を頼んだ。前例のない依頼で、数件の連絡があった。

休職などで生じた教員の穴が埋まらない。東京都は欠員が小学校約50校に計約50人いる状態で22年度の始業日を迎えた。校数は全公立小の4%程度だが、都では年度初めの欠員自体が珍しく驚きが広がった。

 

「200人から断り」

 

ある校長は「臨時採用の候補者名簿を見て200人近く電話したが『企業に就職が決まった』などと断られた」と話す。

欠員は夏休み明けに約130人に増えた。授業の質低下に目をつぶり、担任確保のため複数教員による手厚い指導をやめるなどしてしのぐ。

戦後、日本の教育は課題を抱えながらも指導水準の高さが海外から評価されてきた。その原動力で、良質な人材が多かったはずの教員集団に異変が起きている。

日本経済新聞が教員人事権を持つ68の都道府県・政令市などに22年5月1日時点の配置状況を尋ねたところ、公立小中高校と特別支援学校の2092校(全体の約6%)で計2778人の欠員が生じていた。

文部科学省の21年同時点の調査では1591校・計2065人で、ともに1年で3割増えた。人数は全教員の1%未満とわずかでも影響を受ける子は万人単位に上るとみられる。優秀な教員が足りず学校が回らない「学校崩壊」につながる恐れが出ている。

「採用倍率の低下を危機感を持って受け止める」。22年9月、永岡桂子文科相は都道府県教育長らとの会議で語った。

背景には教職の魅力低下による志願者の深刻な減少がある。21年度実施の小学校の採用試験受験者は約4万人と10年前より3割減。採用倍率は4.4倍から過去最低の2.5倍になった。

受験に必要な教員免許状は大学で単位を集めれば取れ、適性や能力は厳しく問われない。力不足の志願者も多く、倍率に比例して教員の質も下がる。都内のベテラン教員は「新人が授業も学級運営も満足にできないことが常態化した」と言う。

教員の養成も採用も見直しが必要だ。文科省は22年3月、国立大4校をフラッグシップ(旗艦)大学に指定。戦前の師範学校以来の伝統にとらわれない、デジタル技術の活用力などを備えた教員の育成策を探る。

 

脱「聖職者」信仰

 

多様な人材確保の工夫も足りない。社会人を起用するための特別免許の授与件数は20年度で237件と一般の教員免許の0.1%にとどまる。

オランダは社会人が学校で一定期間、有給で訓練を受けながら教員免許を取れる仕組みを導入した。日本の文科省も社会人の採用拡大を検討するが、民間との人材争奪戦が激化する中で効果は限られる。

必要なのは学校の再定義だ。学校は放課後のトラブル対応も引き受け、教員は自己犠牲をいとわぬ聖職者――。現場は過大な期待や一部保護者の無理な要求で能力ある教員ほど疲弊している。

「ブラック職場」のレッテルをはがすには、授業を中心に子どもの能力を伸ばすことへの役割の絞り込みと、働き方や待遇の見直しが欠かせない。小学校英語や1人1台の学習端末配備のような新事業を始める前には、必要性が薄れた既存事業を整理するなど民間で当然の発想も要る。

働き方改革と教員の問題に詳しい小室淑恵ワーク・ライフバランス社長は「子どもの多様な才能を丁寧に育てる環境が公立学校にないとイノベーションも生まれない」と強調する。

もはや小手先の改革では質の高い教員は確保できない。「大事なのは日本全体で教員を目指す人の数を増やし、質を高めていくことだ」(永岡文科相)。困難な課題に正面から取り組むことなしに学校の未来はない。