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〈私は誰?〉(中) AI「顔の3割」であなた認定 普及、多様な「私らしさ」表現

自動翻訳やロボット制御、がんの早期発見まで、社会の隅々に人工知能(AI)が広がってきた。時には個人認証や採用面接にも使い、あなたが何者で、どんな価値を持つかをAIが決める世の中になった。AI社会に不満を抱く人もいるが、大多数はAIに合わせる現実路線をとる。そんなあなたは、本当にあなたですか。

 

「人は心が肝心」と言うが、他人があなたを見分ける最大の手掛かりは顔だ。米国の心理学者の研究では見た目などの視覚情報が、コミュニケーションの5~6割を占める。だが新型コロナウイルス感染症の流行でマスクを付ける習慣が定着すると、相手の顔が見えにくくなった。これでは空港やオフィスの個人認証の仕組みが使いにくい。

NECはマスクや髪で隠れた顔のわずかな露出部を解析するAIを新型コロナが流行した後の2020年に発売した。生体認証・映像分析統括部の山田道孝氏は「目の周りが見えれば、顔の約7割の面積が隠れても99.9%以上の精度で本人を見分ける」と話す。秘密は他人のそら似を避ける解析技術にある。詳細は非公開だ。

優れた技術とはいえ、ただごとではない。裏を返せば顔の3割だけであなたと他人を見分けることになるからだ。

目元をサングラスで覆えば、AIは鼻や口元に目を向ける。AIがあなたを知るために注目する手掛かりは思いのほか少ない。AIに認めてもらうには私たちが工夫するしかない。

 

 

人生を左右する就職や転職の際もAIが関わるようになった。ZENKIGEN(東京・千代田)が販売する「ハルタカ」は、面接を受ける人が話す動画をAIが9つの観点から分析する。1~5点までの0.1点刻みで、熱意や落ち着きを見極める。

担当者の違いによる選考基準のブレが改善するとして、17年の発売後に大手通信や商社など500社超が導入した。面接に先立つ選考に使う社が多い。

同様のソフトは他にもある。選考の終盤は人間の面接官の目も通して採否を決めているのだろうが、AIに嫌われたと感じる人も出るかもしれない。

「そうならば、AIが注目する『能力』を磨こう」と考える人が現れるのは自然な流れだ。

ITスタートアップのエフィシエント(横浜市)と就職支援事業を展開するジェイックは22年、AI面接を受ける人を訓練するAIをスマホ向けに公開した。

スマホに話しかけると、話す速さや手の動き、顔の表情をAIが解析して5段階で評価する。22年11月末時点で約4千人が使うほか、大学や専門学校で実証実験も進める。

脇坂健一郎エフィシエント社長は「熱心な学生は自己紹介や自己PRを何百回も練習する」と話す。AIに気に入ってもらうため、別のAIが手助けする。AIは厳しい面接官であり、頼れる教師だ。

 

カメラアプリ「スノー」は見た目を自動で修正する=スノー・コーポレーション提供

カメラアプリ「スノー」は見た目を自動で修正する=スノー・コーポレーション提供

 

AIの台頭はコミュニケーションで重要な役割を果たす見た目までも左右する。韓国ネイバー子会社のスノー・コーポレーションが日本で15年に投入したカメラアプリ「スノー」は画面に映る顔や顎の形、目の大きさや肌の質感、口と鼻の距離をAIが修正する。

利用者の7割が女性で、10代後半から30代が中心だ。修正の強さを0から最強の100まで選べる。累計のダウンロード数は世界で10億を超えた。

写真や動画は友人や家族の間で楽しむほか、SNSで自分の魅力を広くアピールし、就職活動や婚活にも使える。興味深いのは、自分らしさを失う限界線があるらしいのだ。日本支社の崔智安・事業統括は「一般の人もSNSのインフルエンサーも多くが修正の強さは10~30を選ぶ」と話す。

多くの人が実物の約3割を変えた見た目を自分として発信し、社会も本人として受け入れる。望みの職や恋人を得た実物も、画像処理後の当人も、現代では本人なのだ。この違和感が気にならない新たな世界が広がっている。

 

面接相手を分析する画面=ZENKIGEN提供

面接相手を分析する画面=ZENKIGEN提供

 

AIが人を見定め、人々はAIを利用して生きる。今や「私らしさ」は生まれ持つものではなく、AIが示す方向へ工夫を重ねて得る産物だ。

私とは何者なのか。哲学者が数百年議論してきたテーマについて、京都大学の出口康夫教授は「これまでも家庭や職場、友人関係など異なる場面で1人が様々な自分を使い分けてきた」と話す。

性格も行動も多様な「私」の姿が、AIやSNSの普及で可視化された。AIを逆手に取る私たちの登場は歴史の必然だ。

ただ、「私」の数が増えるにつれて、疲れたり自分を見失ったりする恐れもある。SNSでの思わぬ反響に悩む人もいる。出口教授は「人間は生身の体を脱ぎ捨てられない」とも話す。AIが求める私をしたたかに表現しつつも、生身という古くからの「現実」をも生きる覚悟がいる。

(草塩拓郎)